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2020-05-14(Thu)

【ロー過去】慶應ロー2016年度民事訴訟法

今回は,慶應ロー2016年度民訴です。

私が受験する前年度の問題ですので,過去問演習で一番初めに解いた記憶があります。

そして,慶應ローってもしかしてムズいんじゃね?やばくね?と思った記憶もあります。

割と本気でやばいと思っていたことは,当ブログが2015年の一時以来全く更新がなくなってしまったことからも伺えます。

そういえば当ブログが,それまでの趣味活動を垂れ流すブログから司法試験受験ブログに大転換したのもこの時期ですね(2016年7月9日の記事参照)。

そんな思い入れがある(思い入れがあるとは言っていない)問題です。

≪問題≫

【事例】
 Xは,Yが運転する自転車に追突されて路上に転倒し,それによって胸骨と腰骨を骨折するなどしたために,約3週間の入院治療を受けることとなった。そこで,Yを被告として不法行為に基づく損害賠償請求の訴えを提起した。Xは,この訴訟において,入院治療費100万円と慰謝料200万円の合計300万円を請求した。

【設問】
 以下の各問について論じなさい。なお,問1と問2は相互に関連しない。

問1 裁判所は,Xの被った損失は,入院治療費150万円,慰謝料100万円であると認定し,Yに250万円の支払いを命ずる判決をした。この判決に,訴訟法上の問題はあるか。

問2 裁判所は,Xの請求をすべて認め,Yに300万円の支払いを命ずる判決をした。Xは,この第1審判決に対し,入院治療費をさらに150万円追加するために控訴することができるか。


問題文はとてもあっさりしているのに,論じることは膨大です。

今では慶應ローは出題趣旨が公開されていますが,この年はまだ公開されていないので,

正直何を論じてほしいのか的確に把握できているのかは怪しいです。

まあ受験生であれば書くかなあというところは取り上げて書いたつもりです。

しかし,司法試験が終わってから民訴は全然やっていなかったので,何もかも忘れていますね……。

この下に書いてあることは信用しない方がいいかもしれません。

何を信じるかは読者次第です。

自分の身は自分で守りましょう。

≪答案≫

第1 設問1
 1 総額を250万円として一部認容判決をしたことは,処分権主義に反しないか。
 処分権主義とは,訴訟の開始,終了,審判対象の特定を当事者が自由に決定することができる原則をいう(※1)。これは,訴訟物たる権利関係は,実体法上,私的自治の原則の下にその主体たる当事者の自由な管理処分に委ねられるところ,訴訟法上もこれを反映したものであり(※2),被告に対して防御対象を提示する手続保障として機能する(※3)。そこで,裁判所がなした判決が処分権主義に抵触するかどうかは,①原告の合理的意思に合致し,②被告の不意打ちとなるかどうかによって判断する。
 本件では,Xが総額300万円の損害賠償請求を申し立てているのに対し,裁判所は総額250万円であるとして一部認容判決をしている。①Xの請求は金銭的請求であり,満額が認められなければ無意味となるような性質の請求ではないから,Xとしては請求の全部が棄却されるよりは一部でも認められた方がよいと考えるのが自然である(※4)。したがって,Xの合理的意思に反しない。また,②後記のように入院治療費と慰謝料のそれぞれに対する損害賠償請求権は訴訟物として1個であるところ,Yの攻撃防御の対象は訴訟物全体に及ぶから,同訴訟物内でなされた判決である以上,Yにとって不意打ちとならない(※5)
 したがって,裁判所が総額250万円の一部認容判決をしたことは,処分権主義に反しない(※6)
 2⑴ 入院治療費を150万円と認定したうえで判決をしたことは,処分権主義に反しないか。
 前記の処分権主義の根拠からすれば,当事者の申立事項が裁判所による審判の対象となるため,裁判所は当事者が申し立てていない事項について判決をすることができず(246条),申立事項以外のことについて判決をすると処分権主義違反となる。
 そこで,本件では,Xが入院治療費を100万円と主張して申し立てたことで,訴訟物がこの100万円の損害賠償請求権に限定されるかが問題となる(※7)
 損害賠償請求権の訴訟物の範囲は,原因行為と被侵害利益から判断する(※8)。Xは,入院治療費のほかに慰謝料についても請求しているが,両者は,Yが運転する自転車がXに追突するという同一の事故により発生しているから,原因行為は共通である。また,入院治療費と慰謝料とは,財産上の損害と精神上の損害で性質は異なるものの,同じXに対する人損であるから,被侵害利益も共通している。そうすると,両者に係る損害賠償請求権は別個独立のものではなく,あわせて1個の訴訟物となる(※9)(※10)
 したがって,裁判所は,Xが申し立てた入院治療費と慰謝料の双方にかかる請求の総額である300万円の中で,各損害の額を認定した上で総額を決めることができる。よって,裁判所が入院治療費を150万円として判決をしても,Xの申し立てていない事項について判断したものではないから,処分権主義に反しない。
  ⑵ そうだとしても,弁論主義に反しないか(※11)
 弁論主義とは,裁判資料の収集提出を当事者の権能かつ責任に委ねる原則をいう(※12)。これも,私的自治の原則を権利関係の判断のための裁判資料の収集提出について適用したものである(※13)。その結果,当事者が自由に処分できる権利関係を直接に基礎づける事実,すなわち主要事実については(※14)(※15),私的自治の反映として,当事者による主張がなされない限り,裁判所は,これを判決の基礎とすることができない(※16)
 本件で,訴訟物は不法行為に基づく損害賠償請求権(民法709条)であるから,主要事実として「損害」の発生を当事者が主張する必要があり,ここでは損害の額まで主張される必要がある(※17)。そうすると,Xは入院治療費が100万円と主張しているから,100万円の限度では当事者の主張がなされているが,100万円を超える部分については主張がされていない。
 したがって,裁判所が,入院治療費を150万円と認定することは,当事者が主張していない事項を裁判の基礎とするものであり,弁論主義に反する(※18)。もっとも,Xが黙示的に150万円部分まで主張しているとみられる事情がある場合には,弁論主義に反しない(※19)
 3 よって,本件で裁判所がした判決は,Xの黙示的な主張が認められない限り,不適法である。
第2 設問2
 1 Xのする控訴(民訴法281条1項)は,控訴の要件を満たすか。
 2⑴ 控訴は,相手方や裁判所に対して負担を課すものであるから,控訴をする者に,控訴を提起するにつき正当な利益(以下「控訴の利益」という。)があることが必要である(※20)。そして,基準の明確性の観点から,当事者の申立てと判決とを比較し,前者が後者より大きい場合には控訴の利益が認められる。
 これを本件についてみると,原審は,Xが300万円の支払請求を申し立てていたのに対して300万円の支払を命ずる判決をしているから,Xの申立てと判決とが一致するため,Xには控訴の利益がないようにも思われる。
  ⑵ しかし,本訴の既判力により別訴が遮断される場合には,別訴で主張できるものも,同一訴訟手続内で主張しておかないと,訴訟上主張する機会が奪われてしまうという不利益を受けるので,それらの請求については,同一訴訟手続内での主張の機会をできるだけ多く与える必要がある。また,この不利益は,全部勝訴の一審判決後は控訴という形で判決を妨げることによってしか排除することができない。そこで,このような場合には,例外的に,訴えの変更又は反訴の提起をなすために控訴の利益が認められるべきである(※21)(※22)
  ⑶ 本件では,Xが既に請求している損害賠償請求権と同一の請求権について損害額を拡張するものであるから,300万円の請求は一個の債権の数量的な一部を求める一部請求である。そして,一部請求においては,それが当該一部についてのみ判決を求める趣旨であることが明示されていないときには,残額部分も含めて1個の訴訟物として扱われるから,Xは150万円を別訴で請求することは既判力に抵触して許されないこととなり,150万円について訴求する機会を失う。
 したがって,Xには,例外的に,訴えの変更によって150万円部分を拡張する機会を与えるべく,控訴の利益が認められる。
 3 よって,Xは,その他の控訴の要件を遵守していれば,150万円を追加するために控訴することができる。

以 上


(※1)「民事訴訟では,当事者が審判対象たる権利関係について処分権を有していることを反映して,当事者が訴えの提起,審判対象の特定,審判対象の実体的処分および訴訟の終了について自由に決定できるとの原則を認めている。これを広く処分権主義と呼ぶが,そのうち,審判対象を特定し,その上限を明示する権限については,申立事項に関する処分権主義,あるいは申立事項拘束主義と呼ばれる(246条)。私的自治原則の訴訟手続への反映である。」山本和彦『Law Practice 民事訴訟法〔第2版〕』(商事法務,2014年)104頁
(※2)「訴訟物たる権利関係は,実体法上は,私的自治の原則の下にその主体たる当事者の自由な管理処分に委ねられる。訴訟法上も,このことを反映して,いかなる権利関係について,いかなる形式の審判を求めるかは,当事者の判断に委ねられる。これが訴訟物についての処分権主義であり,246条がこれを規定する。」伊藤眞『民事訴訟法〔第6版〕』(有斐閣,2018年)219頁
(※3)被告の手続保障や被告の不意打ち防止を,処分権主義の根拠として位置づける論証などがありますが,訴訟物が原告の一存によって決まる以上,処分権主義の根拠は原告の意思尊重にのみ求められ,被告の手続保障は処分権主義の根拠ではなく機能として導かれるものと考えるのが妥当ではないかと思います。例えば,前掲伊藤219頁は「処分権主義の根拠は,訴訟物たる権利関係についての当事者の処分権に求められるが,その機能としては,被告に対して防御の目標を提示する手続保障の役割をもっている。」と説明していますし,高橋宏志『重点講義民事訴訟法(下)〔第2版補訂版〕』(有斐閣,2014年)234頁は「弁論主義がそうであるように、ドイツ=日本法の処分権主義も、根拠は当事者意思(私的自治)の尊重であるが、機能は不意打ち防止につらなる。」と説明しています。
(※4)「当事者の申立事項の一部のみを認容する判決をなしうる根拠は,申立てに対する応答として,当事者は必ずしも全部認容か無かのいずれかの応答のみを求めるものではなく,むしろ通常は,全部が無理ならば一部の認容でも欲している,と解されるところにある。したがって,個々の場合に一部認容をなしうるか否かは,原告の意思を客観的・合理的に解釈して決せられるべきである。」藪口康夫『ロースクール演習民事訴訟法』(法学書院,2015年)30-31頁
(※5)このあてはめは正直「書きすぎ」です。金銭請求で一部認容判決が処分権主義違反とならないことは,ほぼ争いにならないと思われるため,全体的に軽い論述にとどめておいて,損害論の問題や設問2に紙面と時間をまわした方が得策です。そういうことも考え,本番では,試験時間との兼ね合いでどこまで書くかを見極める必要があります。
(※6)「訴訟物の範囲に関してしばしばも問題となるのが,いわゆる一部認容の判決である。債権額は,債権の内容をなすものであるから,金銭給付請求などに対して,請求の量的範囲を超えて給付を命じることは処分権主義違反にあたる。逆に,量的範囲内でその一部の給付を命じ,残部の請求を棄却することは処分権主義に抵触するものではない。これが一部認容判決と呼ばれる。また,一部認容は,このような量的範囲に限られず,請求の質的一部を認容することも,処分権主義に違反しないものと解されている。」前掲伊藤222頁(注:下線は清水)
(※7)「交通事故訴訟では、訴訟物をどう考えるかという問題がある。交通事故においては、一つの事故によって、多くの「損害」が生じうる。まず、着ていた衣服の破損、腕時計の破損などの物損が生ずる。人に対して生ずる人損では、医療機関での治療費などの積極損害、休業に伴う逸失利益という消極損害、および精神的損害に対する慰藉料がある。このように、一つの事故からも「損害」がいくつかに細分化され得るが、どこまでを訴訟の最小基本単位(訴訟物)と捉えるかが問題となる。」「考え方は分かれる。第一に、物損において、損害の生じた物(車、時計、衣服、等々)毎に訴訟物が別個になる、人損においても、積極損害、消極損害、慰藉料で三個の訴訟物に分かれるという考え方がある。」「第二において、積極・消極両損害を合わせての財産上の損害と慰藉料という精神上の損害に分けて、訴訟物は二個とする考え方もある。慰藉料の特殊性に基づく考え方であるが、裁判実務の中の後述するいわゆる慰藉料の補完的機能にそぐわないという難点がある。」「第三に、人損で一個という説がある。物損でも一個という考え方もあり得るし、物損は損害の生じた物毎に別だという考え方もある。」「第四に、紛争解決の一回性の理念から、物損・人損を含め一個の事故で訴訟物は一つという考え方がある(新堂三三五頁)。」前掲高橋(下)254頁
(※8)「それでは,判例は一般論として訴訟物の単一性をどのような基準で判断しているものであろうか。参考判例①[注:最判昭和48年4月5日民集27巻3号419頁]は「原因事実および被侵害利益を共通にする」点を重視し,原因事実(事故等の単一性)と被侵害利益(人損か物損か等)をメルクマールとして理解しているように見える。そのような理解を確認するものとして,参考判例②[注:最判昭和61年5月30日民集40巻4号725頁]がある。これは,原告の撮影出版した写真について同意を得ずにモンタージュ写真を作成発表したとして,被告に対し,著作財産権(複製権)および著作者人格権(同一性保持権)を侵害したとして合計50万円の損害賠償請求をしたところ,判決は「同一の行為により著作財産権と著作者人格権とが侵害された場合であっても,著作財産権侵害による精神的損害と著作者人格権侵害による精神的損害とは両立しうるものであつて,両者の賠償を訴訟上併せて請求するときは,訴訟物を異にする2個の請求が併合されているものであるから,被侵害利益の相違に従い著作財産権侵害に基づく慰謝料額と著作者人格権侵害に基づく慰謝料額とをそれぞれ特定して請求すべきである」とした。ここからも,原因事実と被侵害利益の同一性が求められている(原因事実が同一であっても被侵害利益を異にすれば訴訟物は別である)ことが明らかにされている。」前掲山本99-100頁
(※9)「本件のような同一事故により生じた同一の身体傷害を理由とする財産上の損害と精神上の損害とは、原因事実および被侵害利益を共通にするものであるから、その賠償の請求権は一個であり、その両者の賠償を訴訟上あわせて請求する場合にも、訴訟物は一個であると解すべきである。」最判昭和48年4月5日民集27巻3号419頁
(※10)「当裁判所は、このような場合、原告主張額を超えて慰藉料を算定しても、賠償の総額において原告が本件事故による賠償額として主張したところを超えない限り差支えないと考える。」「けだし、不法行為に基づく損害賠償請求権の特定は、加害行為と被害法益との同一性の判断によるべきものであるが、慰藉料請求権を基礎づける精神上損害となるものは、損害の権利に過ぎず、「精神」を法益とすることによつてのみ発生するものではない。もとより「名誉」等の精神的存在も独立の法益たることは民法七一〇条の規定するところであるが、本件に即して言えば、同条の意味は、原告深井の「身体」が傷害されたことに「因りて生じたる損害」 (七〇九条)としては、財産上損害ばかりでなく「財産以外の損害」すなわち精神上損害なるものも観念しえ、これについても賠償責任が及ぶことを規定しているに止まり、同人の「身体」の外に「精神」をも被害法益であると規定しているわけではない。従つて他の法益侵害(例えば車輛破損)の主張を伴う場合にこれをも合せて一個の不法行為ありと見うるか否かは暫らく措き、少くとも、本件のように、すべての損害の発生が遡つて法益侵害としての「身体傷害」の事実に帰する旨主張せられている場合には、請求の基礎をなす不法行為は一つ存するだけであり、因つて生ずる損害賠償請求権も一個であり、各種損害費目が主張せられていても、それは「身体傷害」に因る損害の範囲と内容とを具体化するための、損害算定上の資料として主張せられているものと解する外はない。」東京地判昭和42年10月18日判時496号15頁
(※11)「理論としては、申立事項のハードルはこれによって乗り越えることができるとしても、認定事実の基礎となる事実が当事者の主張によって弁論に上程されているかという弁論主義のハードルが存在することに注意しなければならない(慰藉料における弁論主義は、実務上、厳格ではない)。」前掲高橋(下)256頁
(※12)「弁論主義とは,訴訟物たる権利関係の基礎をなす事実の確定に必要な裁判資料の収集,すなわち事実と証拠の収集を当事者の権能と責任に委ねる原則である。」前掲伊藤309頁
(※13)「訴訟物たる私人間の権利関係は,私的自治の原則に服し,当事者の自由な処分に委ねられる。弁論主義は,その権利関係の判断のための裁判資料の収集について私的自治の原則が適用されることを根拠としたものである。」前掲伊藤310頁
(※14)「弁論主義の根拠を私的自治に求める以上,その対象も権利関係の発生・消滅・変更の原因となる主要事実に限られるという結論が導かれる。」前掲伊藤312頁
(※15)弁論主義が適用される事実の範囲を主要事実に限ることの理由付けについて,間接事実にまで適用すると自由心証主義に反するというものがありますが,これは間接事実に適用することに消極的な理由付けにすぎず,主要事実に限ることの積極的な理由付けにはなっていません。したがって,この理由付けを書くこと自体は誤りではないですが,弁論主義の本質と結び付けた理由付けをすべきです。もっとも,本問では,間接事実への適用が問題となる事案ではないため,弁論主義の適用される事実の範囲について大展開する必要はなく,簡潔に流すべきでしょう。
(※16)「弁論主義の具体的内容は,以下の3つに区分される。第1に,権利関係を直接に基礎づける事実,すなわち主要事実については,当事者による主張がなされない限り,裁判所は,これを判決の基礎とすることはできない。この原則から,主張責任の概念,および判決の基礎となる事実によって構成される訴訟資料とその認定のための証拠資料の区別などが派生する。」「弁論主義の第1の内容,すなわち主要事実についての当事者の提出責任は,その事実にもとづく権利関係について私的自治が認められることを反映している。」前掲伊藤309,311頁
(※17)「民法709条の不法行為による損害賠償請求の要件事実は,一般に次のとおりである。」「請求原因は,① Xが権利または法律上保護されるべき利益を有すること ② Yが①の権利または利益を侵害したこと ③ ②についてYに故意があることまたは過失があることを基礎づける評価根拠事実 ④ Xに損害が発生したことおよびその額 ⑤ ②の加害行為と④の損害との間に相当因果関係が存在すること である(①から⑤まですべて必要)。」大島眞一『完全講義民事裁判実務の基礎〔第3版〕上巻』(民事法研究会,2019年)467頁(注:下線は清水)
(※18)損害額の認定について,前掲注11に引用したように,「慰謝料における弁論主義は、実務上、厳格ではない」とされています。前掲注10に引用した裁判例は,この点について「精神上損害の評価すなわち慰藉料額の算定は……裁判所が自由な心証によつて定めうるのであり、額を定めるにつき勘酌すべき事情について当事者の主張を要せぬばかりでなく、その額の算定自体についても当事者の主張に拘束されぬものと解すべきであつて、その限度では弁論主義の適用の外にあることになる。」と説明しています。したがって,仮に本問が慰謝料を250万円と認定したという問題であれば,弁論主義違反とはならない可能性が出てきます。しかし,本問はあくまで入院治療費という財産上の損害について問うているものです。そこで,前記裁判例の説明を,慰謝料以外の財産上の損害についても援用することができないかと思うかもしれませんが,これはできないと考えた方がよいでしょう。この裁判例でも指摘されているように,慰謝料は「裁判所が自由な心証によつて定めうる」性質のものであるからこそ,弁論主義の適用外となると言っているであり,「裁判所が自由な心証によつて定め」ることができない損害については,原則通り弁論主義の適用があるはずです。この裁判例でも,「他の財産上損害において、その細部の費目の主張と証拠によつて認定せられるべき額の主張とが分離せられず、証拠により厳密に額を認定せられるのとは異つて」という留保が付せられています。そうすると,財産上の損害である入院治療費については,当事者の主張として損害額の主張が出ていなければ,それを裁判所が勝手に認定することはできないということになります。
(※19)黙示的な主張という点ですが,司法研修所『改訂紛争類型別の要件事実』(法曹会,2007年)3頁は,売買代金支払請求について,「Xの主張した代金額と証拠により認定できる代金額との間に相違がある場合,Xは通常は契約の同一性を損なわない範囲内で異なる代金額をも黙示に主張していると考えられるから,その範囲内であればXの明示の主張と異なる代金額による売買契約の締結を認定することは差し支えない。」としています。これを,本問の不法行為に基づく損害賠償請求にも援用すると,Xが黙示的に150万円部分まで主張していると認められるのであれば,裁判所が入院治療費を150万円と認定してもよさそうですし,このように認定しても前掲注18とは矛盾しないことになります。もっとも,黙示的に主張が出ているかの判断は,この問題文の事情からは判断できません。実務上は弁論準備手続などで裁判所側から当事者に対して主張の意味内容の確認が行われることになるのではないかと思います。
(※20)「上訴は,相手方や裁判所に対して負担を課すものであるから,不要な上訴は排除しなければならない。そこで,上訴を提起する正当な利益を有する者による上訴のみが適法な上訴とされる。この利益のことを「上訴の利益」といい,控訴については「控訴の利益」という。」三木浩一ほか『民事訴訟法〔第2版〕』(有斐閣,2015年)604頁
(※21)「全部勝訴の判決を受けた当事者は、原則として控訴の利益がなく、訴えの変更又は反訴の提起をなすためであっても同様であるか、人事訴訟手続法九条二項(別訴の禁止)、民事執行法三四条二項(異議事由の同時主張)等の如く、特別の政策的理由から別訴の提起が禁止されている場合には、別訴で主張できるものも、同一訴訟手続内で主張しておかないと、訴訟上主張する機会か奪われてしまうという不利益を受けるので、それらの請求については、同一訴訟手続内での主張の機会をできるだけ多く与える必要があり、また、この不利益は、全部勝訴の一審判決後は控訴という形で判決の確定を妨げることによってしか排除し得ないので、例外として、これらの場合には、訴えの変更又は反訴の提起をなすために控訴をする利益を認めるべきである。」「そして、その理由を進めて行くと、いわゆる一部請求の場合につき、一個の債権の一部についてのみ判決を求める趣旨か明示されていないときは、請求額を訴訟物たる債権の 部として訴求したものと解すべく、ある金額の支払を請求権の全部として訴求し勝訴の確定判決を得た後、別訴において、右請求を請求権の一部である旨主張しその残額を訴求することは、許されないと解されるので(最高判昭和三二年六月七日民集一一巻六号九四八頁参照)、この場合には、一部請求についての確定判決は残額の請求を遮断し、債権者はもはや残額を訴求する機会を失ってしまうことになり、前述の別訴禁止が法律上規定されている場合と同一となる。したがって、黙示の一部請求につき全部勝訴の判決を受けた当事者についても、例外として請求拡張のための控訴の利益を認めるのが相当ということになる。」名古屋高裁金沢支判平成元年1月30日判時1308号125頁
(※22)「形式的不服説によれば,黙示の一部請求を全額認容された当事者に控訴の利益が認めらるかは,この場合が前記例外[原判決が確定した場合に当事者に失権効が働くような場合には,例外 的に,全部勝訴の当事者にも控訴の利益を認める]にあたるかどうかによって決まる。」「法律上別訴を提起することが許されず,当該訴訟手続内での訴えの変更によらなければ残額を請求できないとして,例外的に控訴の利益を肯定すべき場合の一つにあたるとするのが多数説である……。」「それでは,形式的不服説において,当事者が原審で請求拡張しえたのにしなかった場合にも,請求拡張のための控訴の利益が認められるか。」「小室教授は,例外として請求拡張のための控訴が許されるのは原告が過失なくして残額の請求をなしえなかった場合に限られると される……。ただし,債権が法律上不可分な場合に一部請求を認めない見解に立って,右の場合に公訴の利益を認めないと実体的正義が害されるとするものである。この考え方では,一部請求につき判例通説の見解に立つと,一層例外の承認に厳しくなろう。なぜなら,原告が残部請求の存在を認識できる場合には,一部請求であることを明示しさえすれば残部の請求を遮断されることはないはずであって,請求認容の一審判決で紛争を終了させようとして不服を申し立てなかった被告を犠牲にしてまで,原告に請求拡張のための控訴を許す必要があるかは疑問となるか らである……。」「これに対して,前記多数説は,この場合にも控訴の利益を認めるもののようである。これは,権利実現のための裁判制度の利用の途をできるだけとざさないようにしようという考慮が背後にある。そして,前記の点は攻撃防御方法の提出,訴えの変更の制限において評価すべきことになろう……。」「黙示の一部請求における残部請求の遮断は,政策による制限というより当事者の意思による権利不行使の結果とみれなくもないから,別訴禁止が法定されている他の例外の場合と処理を異にすることには合理性がないわけではない。とはいえ,原審で 残部請求しえた場合を排除する立場では,原告が原審において残部請求の存在に気付いていたかという不明確な要素に控訴の適法性が左右されることになり……,控訴の利益の有無をできるだけ明確な基準によろうとする立場からは不都合な難点がある。」「なお,多数説によっても,原告が原審において残部を請求しないと釈明するなど,その原審における態度に基づき,控訴の提起が信義則違反あるいは権利濫用として許されない場合があることは否定されまい。」判タ735号293頁


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