FC2ブログ
2019-04-18(Thu)

【事例から民法を考える】事例⑧「あっしには,かかわりのねえことでござんす」

じれかん民法,ついに最後の問題です。

とても長い道のりでした。。。

どの演習書よりも1周するのが大変でしたね。

だって難しすぎんだもん。

こんなの司法試験でも聞かれないんじゃないかって議論めちゃくちゃ出てくるし。

しかし,民法の復習もかねて,とてもいい勉強になったので,

一読の価値はありました。

とはいえ,これだけは言いたいですが,

司法試験直前期に読む本ではない

そんなこんなで,最後は,事例⑧です。

≪問題≫

●事例
 ファミリー・レストランや居酒屋など数種類の飲食店をチェーン展開するB社は,2009年末に,翌年夏から秋にかけて各店舗で開催する「北海道フェア」で用いる食材として,北海道十勝地方の農家Aから,Aが2010年6月から9月の収穫期に収穫する「恵味86」という品種--実在する品種である--のトウモロコシ500tを,1kg当たり100円,総額5000万円で買い受けることとした。BがAと取引をするのは初めてのことであったが,Aの生産する「恵味86」は,例年評判が高く,買い付けの引き合いが多かった。そこで,Bは代金の内金として3000万円を前払いするという条件で,この収穫期における予想されるAの総収穫量800tの60%余りの買い付けに成功したものである。
 また,この契約では,Aが自己所有の倉庫のひとつである甲倉庫に目的物を保管して,Bが必要に応じて甲倉庫までトラックで出向いてトウモロコシを受領すること,Bは10月末日までに全部を受領することとされた。
 Bは,約定に従って内金として3000万円を支払ったうえで,2010年8月までに,200tのトウモロコシの引渡しを受けたが,その年に収穫されたAの「恵味86」は,冷夏のためか,粒皮が例年よりもやや固めで,AのB以外への「恵味86」の販売も低調であったし,Bの北海道フェアでの売上げも期待していたほどには伸びなかった。そのためBは,9月以降はしばらく引き取りに行かずにいた。Aは,Bが引き取りに来ればいつでもBの求めに応じた引渡しができるように,甲倉庫に「恵味86」を多めに,余裕をもって確保して待っていたが,甲倉庫にあった在庫は9月末にすべて盗難されてしまった。
 この場合について,以下の設問に答えなさい。設問はそれぞれ独立の問いである。

【設問1】 Aは,甲倉庫とは別に,自己所有の乙倉庫にも,約定の収穫期に収穫した「恵味86」を保管しており,それらは盗難にあっていないとする。このとき,Bは,内金の残余1000万円の返還をAに求めることができるかどうか論じなさい。

【設問2】 Aは,その収穫期の「恵味86」を,すべて甲倉庫に保管しており,そのすべてが盗難にあったとする。Bは,内金の残余1000万円の返還をAに求めることができるかどうか論じなさい。

【設問3】 【設問2】と同じ事案で,ただ盗難が生じたのが,9月末ではなく,11月に入ってからのことであったとする。このとき,Bは内金の残余1000万円の返還をAに求めることができるかどうか論じなさい。


ここらへんの話は,去年の司法試験で問われていました。

そうすると今年は出ない気もしますが,

やはり弱点分野ですので,ちゃんとやっておきたいです。

しかし,この回の解説,マジで分かりやすいですね。

もう,分かりやすさのあまり感動の涙を流してしまいました(大嘘)

学部の頃に貞友民法を読んでいて,

債務不履行と危険負担の関係がいまいちよく分かっていなかったのが,

今回の解説を読んでほとんど解決されました。

この回の解説は一読をおすすめします。

≪答案≫
第1 設問1
 1 AとBとの間では,「恵味86」の売買契約(民法555条。以下「本件売買契約」という。)が締結されている。そうすると,AはBに対し「恵味86」の引渡請求権を,BはAに対し売買代金支払請求権を有している。ここで,Bが売買代金のうち1000万円の返還を求めるためには,前記代金支払請求権が消滅している必要がある。そこで,前記代金支払請求権が存続しているかどうかについて検討する。
 2 Bとしては,甲倉庫内の「恵味86」の盗難により,Aの「恵味86」の引渡債務が履行不能となっているため,本件売買契約を解除すると主張する(民法543条)ことが考えられる。そこで,Aの前記引渡債務が履行不能になっているかどうかについて検討する。
 Aの前記引渡債務は,「恵味86」という種類物を引き渡す債務であるが,「恵味86」のうち2010年6月から9月にかけて収穫されるものを対象としているため,制限種類債務である。そこで,これが特定されている(同法401条2項)といえるかについてみると,Aの前記引渡債務は,Bが甲倉庫に出向いて受領するというものであるから,取立債務である。取立債務においては,債務者が引渡しの準備をして,目的物を他の同一種類物から分離して,債権者にその旨を通知することによって特定が生じる。しかし,甲倉庫において盗難があった時点において,AはBに引き渡すべき残量200tを超える量の制限種類物を甲倉庫に保管していたのであるから,甲倉庫に保管していることだけをもって当然には特定がなされていたことにはならないというべきである。したがって,Aの前記引渡債務は,履行不能に陥っていない。
 したがって,Bは本件引渡債務を解除することはできない。
 3 また,履行不能となっていない以上,危険負担の適用もない。
 4 よって,未だ前記代金支払請求権は存続しているのであるから,BはAに対し,内金の残余1000万円の返還を求めることができない。
第2 設問2
 1 本件においても,AのBに対する売買契約に基づく代金支払請求権が存続しているかどうかについて検討する。
 2 本件では,設問1と異なり,制限種類物である「恵味86」がすべて盗難されている。制限種類物が全部滅失したに履行不能となるかどうかについて検討すると,制限種類債権においては,個別具体的な個体の特定まではされていなくても,制限の範囲内という程度の特定はされており,制限の範囲内の物がすべて滅失した場合には,給付危険の移転を判断するのに十分な程度の特定が生じているから,これが全部滅失した場合には履行不能となる。そうすると,Aが引き渡すべき「恵味86」は,前記の期間内に収穫したものの範囲内という程度で特定されているから,これらがすべて盗難されたことをもって履行不能になったものというべきである。
 そこで,Aに帰責事由があるかどうかについて検討すると,前記のように制限種類債権では,個別の個体の特定をまたずに履行不能となることからすれば,種類債権と同様に個別の個体の特定前は注意義務を負わないとするのは妥当ではなく,債務者はその目的物について,自己の財産におけるのと同一の注意義務(同法659条参照)を負うと考える。本件では,AはBに引き渡すべき目的物とそれ以外の目的物を一緒に甲倉庫に保管していたのであるから,自己の財産におけるのと同一の注意義務を果たしていたと認められる。したがって,Aに帰責事由はない。
 よって,Bは,本件売買契約を解除することはできない。
 3 そこで,Bは,危険負担の適用により,Aの前記代金支払請求権は消滅すると主張することが考えられる。
 本件売買契約の目的物は,制限種類物であって,不特定物であるが,前記のように制限の範囲内という程度で特定されており,それによって履行不能を基礎づけられるのであるから,遅くともその全部の滅失時には,目的物が特定されていたと考えられる。そうすると,本件売買契約は,特定した不特定物に関する物権の移転を双務契約の目的としているから,民法534条2項の適用により,債権者の危険負担となり,Aの前記代金支払請求権は消滅するようにも思われる。
 しかし,双務契約の締結をもってその目的物の滅失による対価危険を債権者に移転させることは,当事者間の利益均衡を著しく害するものであり,妥当ではない。そこで,買主は,目的物の引渡しを受けることによって使用収益ができるようになることや,目的物を実質的に管理しえた者が危険を負担すべきであるから,目的物の引渡しがあった時点で対価危険は移転すると考える。したがって,民法534条は,目的物の引渡しがあったときから適用がある。
 これを本件についてみると,甲倉庫内の「恵味86」は,Bへの引渡しがされる前に滅失しているから,民法534条は適用されず,対価危険は未だAにあるというべきである。したがって,Aの前記代金支払請求権は消滅している。
 4 よって,Bは,代金の返還を請求することができる。
第3 設問3
 1 本件においても,AのBに対する売買契約に基づく代金支払請求権が存続しているかどうかについて検討する。
 2 AB間では,「恵味86」の受領を2010年10月末日までに行う旨の合意がされているが,Bはこの期日までに目的物の受領を受けていないため,受領遅滞(同法413条)に陥っている。受領遅滞があった場合には,受領義務を履行しなかった債権者の帰責事由となり,民法536条2項により,対価危険が債務者から債権者に移転すると考える。そうすると,Bの受領遅滞により,対価危険がAからBに移転し,Aの前記代金支払請求権は存続することとなりそうである。
 3 もっとも,Aの前記引渡債務に履行遅滞がある場合には,その後の履行不能は,Aに帰責事由があるものとして,Bは本件売買契約を解除することができる。そこで,Aが,粒皮がやや固い「恵味86」を提供したことをもって,本件売買契約における弁済の提供をしているといえるかどうかについて検討する。
 判例には,制限種類債務においては,目的物の品質は問題とならないとしたものがある。これによれば,品質が劣悪であっても,制限の範囲内の物が提供される以上,それは弁済の提供にあたることとなる。しかし,同判例の趣旨は,制限種類債権において,品質についての合意がない場合について中等の品質の物の給付義務を定める民法401条1項の適用がないことをいうにすぎず,品質についての明示又は黙示の合意を排除するものではないと考えられる。
 そうすると,本件では,Bは,Aの生産する「恵味86」の評判がよいことを理由として買い付けているのであるから,評判を維持する程度に高品質の「恵味86」を目的物とすることを黙示に合意していると考えられる。それにもかかわらず,AがBに提供した「恵味86」は,粒皮がやや固く,評判がいまいちであったから,当事者間において合意された品質のものが提供されていない。したがって,Aにおいては履行遅滞がある。
 そのため,本件では,Aの履行遅滞後の履行不能として,Aの帰責事由が認められるから,Bは本件売買契約を解除することができる。したがって,Aの前記代金支払請求権は消滅する。
 4 よって,Bは,代金の返還を請求することができる。

以 上



スポンサーサイト



2019-04-18(Thu)

【事例から民法を考える】事例⑥「取られてたまるか」

どうやら,ついに今日,受験票が届き出したようですが,

まだうちには来ていません。

ちゃんと出願できてるよな……

これで受けられなかったら困りますね。

それはおいといて,事例⑥です。

≪問題≫

●Aが所有する商業用賃貸ビル(本件建物)は,老朽化のため傷みが激しく,入居者がいない状態であったが,Aには大規模な改修に踏み切るほど資力に余裕はなかった。2006年4月,Aから話を聞き本件建物に興味をもった友人Bは,本件建物を購入して自ら改修したいとの意向と,その際はAに工事業者の手配や改修後のテナント募集も依頼したい旨をAに伝えたところ,Aはこれに応じた。同年10月,Bは,銀行Cから2億円を借り入れ,うち1億6000万円をAに支払って本件建物の所有権移転を受けるとともに,Cのための抵当権を本件建物に設定し,各登記を経由した。同年12月,Aが手配したDとBの間で代金を8000万円とする本件建物改修工事の請負契約が結ばれ,2007年10月に同工事は完了した。以下の各設問(それぞれ独立した問いである)においてCの請求は認められるか。

【設問1】 B・D間では,工事代金の支払を着工時と竣工時に半額ずつ行う旨が約されていたが,Bは竣工時の支払ができなかった。そこで,2007年12月,準備ができ次第,Aが残金を建て替えてDに支払い,そのかわり本件建物の収益を得ることがA・B間で合意され,これに基づき,Aは,Bとの間で本件建物の賃貸借契約を,入居を希望してきたEとの間で転貸借契約を締結した。AはEから収取した転貸賃料600万円のうち200万円をBの銀行口座に振り込み,Cはこの口座からの引き落としで毎月の債務の弁済をBから受けていた。ところが,Aは,2008年3月にA・B間での合意に従い工事残代金(遅延損害金を含む)4500万円をDに支払って以降,Bの口座への賃料振込みを止めてしまい,そのためBのCに対する債務の不履行が生じた。そこでCは,BのAに対する賃料を物上代位により収取しようとしたが,A・B間の契約内容が不明確であったため断念し,かわりにAがEに対して有する将来の賃料債権のうち被担保債権額に満つるまでの分につき差押命令を求めた。

【設問2】 2006年9月,Bは,Aから紹介されたFとの間で,期間を2007年12月から15年,賃料月額100万円とする賃貸借契約を締結し,同日,2017年12月から毎年800万円ずつFに返還する約定で保証金4000万円をFから受領した。そのご,Bの業績不振の噂を聞いたFは,Bが保証金を返還してくれるのか不安になり,Bと保証金減額の交渉を開始した。その結果,2008年6月,BとFは,従前の賃貸借契約を解消したうえで,これと同内容の賃貸借契約を締結するとともに,保証金について,額を2000万円に減じたうえ従前の保証金の一部をこれに充てること,2012年7月以降毎年400万円ずつ返還すること,本件建物につき差押え等があった場合にはBは保証金返還債務につき当然に期限の利益を失うことを合意し,保証金の差額2000万円がBからFに返還された。2010年5月,Bの一般債権者が本件建物を差し押さえたため,Fはただちに保証金返還請求権をもって2010年6月分以降20か月分の賃料債権を対当額で相殺する旨の意思表示をBにした。一方Cは,2011年4月,Bの履行遅滞を受け,BのFに対する賃料債権のうち被担保債権額に満つるまでの分につき差押命令を得,2011年9月,支払に応じないFを相手に,2011年5月~9月分の賃料の支払を求め,訴えを提起した。


物上代位とその他との優劣の問題です。

私が慶應ローの入試を受けたときに出題された気がします。

それもちょうど保証金との相殺だったような……

当時は全然分からんかったなあ……

≪答案≫
第1 設問1
 1 Cは,AのEに対する賃貸借契約に基づく賃料支払請求権に対して差押命令(民執法145条)をする根拠は,Cが本件建物に設定した抵当権に基づく物上代位(民法372条,304条1項)であると考えられる。
 前提として,賃料債権に対して物上代位をすることができるかどうかについて検討すると,抵当権は,目的物の占有を抵当権設定者の下にとどめ,設定者が目的物を自ら使用し,又は第三者に使用させるとを許す性質の担保権であるところ,抵当権設定者が目的物を第三者に使用させることによって対価を取得した場合に,その対価について抵当権を行使することができるとしても,抵当権設定者の目的物に対する使用を妨げることにはならない。したがって,賃料債権に対して物上代位をすることはできる(※1)
 そうだとしても,Cが差押命令の発令を受けているのは,抵当権設定者であるBのAに対する賃料債権ではなく,賃借人Aの転借人Eに対する賃料債権である。このような賃借人が,民法372条が準用する同法304条1項本文にいう「債務者」にあたるかどうかが問題となる。
 2 抵当不動産の賃借人は,抵当不動産をもって物的責任を負担するものではなく,自己に属する債権を被担保債権の弁済に供されるべき立場にはない。また,転貸賃料債権を物上代位の目的とすることができるとすると,正常な取引により成立した抵当不動産の転貸借契約にやける賃借人の利益を不当に害する。そこで,民法372条が準用する同法304条1項本文にいう「債務者」には,原則として抵当不動産の賃借人は含まれない(※2)
 もっとも,判例によれば,所有者の取得すべき賃料を減少させ,又は抵当権の行使を妨げるために,法人格を濫用し,又は賃貸借を仮装した上で,転貸借関係を作出したものであるなど,抵当不動産の賃借人を所有者と同視することを相当とする場合には,その賃借人が取得すべき転貸賃料債権に対して抵当権に基づく物上代位権を行使することが許されるとする(※3)。これによる場合には,本件におけるAB間の賃貸借契約は,AのBに対する工事代金の立替金債権の回収のためにされたものにすぎないから,抵当不動産の賃借人を所有者と同視することができる事情はなく,CがAの前記請求権について物上代位権を行使することはできないようにも思える。
 しかし,抵当権は登記をもって物上代位が公示されているところ,抵当権者は設定登記によって将来の賃料債権まで物上代位によって優先弁済効を及ぼすことを確保できるのであって,以後,他の債権者等がこれらを自らの債権の回収の原資として利用する措置を講ずることはできないと考えるべきである。また,判例によれば,債権譲渡がされた後であっても当該債権についての物上代位権の行使を認めるが(※4),転借人に対する賃料債権の帰属を転貸借契約に基づくものとする場合と,賃貸人から賃借人への債権譲渡によるものとする場合とで,物上代位権の行使の可否が左右されるのは妥当ではない。したがって,判例のいう転貸賃料への物上代位権の行使が認められる場合に限られず,債権回収を目的として賃貸借契約が結ばれた場合であっても,転貸賃料に対して物上代位権を行使することができると考える。
 これを本件についてみると,AB間の賃貸借契約は,AがEから得る転貸賃料とBに支払う賃料の差額をもって,Bに対する立替金債権を回収する意図があったとみられ,Bに対する賃料支払が中断されたのは,Aの立場からすれば,前記立替金債権と賃料債権とを相殺して,Bに対する債権を回収するという意味を持つ措置であるということができる。したがって,この場合には,Cは,AのEに対する転貸賃料についても物上代位権を行使することができるというべきである。
 3 よって,Cの請求は認められる。
第2 設問2
 1 Cは,BのFに対する賃貸借契約に基づく賃料支払請求権に対して差押命令の発令を受け,Fに対してこれを求める訴訟を提起している根拠も,物上代位権の行使としてであると考えられる。
 これに対して,Fは,Cが差押命令の発令を受けた目的である賃料債権は,保証金債権との相殺(民法505条1項本文)により消滅しているから,これは認められないと反論する。そこで,物上代位と相殺の優劣が問題となる。
 2 抵当権設定者が抵当不動産を他人に賃貸している場合に,物上代位により抵当権の効力が賃料債権に及ぶことは抵当権設定登記により公示されているとみることができるから,抵当権設定登記の後に取得した賃貸人に対する債権と物上代位の目的となった賃料債権とを相殺することに対する賃借人の期待を物上代位権の行使により賃料債権に及んでいる抵当権の効力に優先させる必要はない。したがって,抵当権者が仏事よう代位権を行使して賃料債権の差押えをした後は,抵当不動産の賃借人は,抵当権設定登記後に賃貸人に対して取得した債権を自働債権とする賃料債権との相殺をもって,抵当権者に対抗することはできない(※5)
 3 これを本件についてみると,Fが自働債権として供した保証金債権は,Bの本件建物の改修工事に先立って保証金として支払われ,Fの入居後一定期間にわたって返済されるもので,その実質は,建設協力金としてFのBに対する融資であり,貸金債権と同視し得る。そこで,Fが,保証金債権を取得した時期について検討すると,Fは,Cが本件建物に抵当権を設定する以前に,前記保証金を支払っているため,この時点で保証金債権を取得しているとみることができる。この点,BF間では,その後に賃貸借契約を締結しなおしているが,その後も一貫してFが賃借人であり,その趣旨は,当初の賃貸借契約に付随する保証金請求権につき弁済期を前倒しにさせるものであると評価できる。したがって,Fの保証金請求権は,Cの抵当権設定登記前に取得したものであるから,これを自働債権として賃料債権と相殺することができる。
 なお,このように考えると,当初は2017年までFは保証金の返還を請求できなかったはずであり,相殺もできなかったはずなのに,抵当権設定登記後に期限の利益喪失の合意を新たに行って相殺可能な状態にしたものであって,これをもって物上代位に優先させるとするのは不当であるようにも思える。しかし,相殺による当事者間における両債権を対当額で消滅させることへの期待の保護からすれば,抵当権設定登記前に弁済期が到来している必要はないから,物上代位のための差押えの効力発生前に弁済期が到来している必要もない。
 また,将来分の賃料債権を受働債権とする相殺が可能かどうかも問題となるが,将来の賃料債権に対する差押えが可能であることとの均衡から認められる。
 4 よって,Cの請求は認められない。
以 上

(※1)抵当権の目的不動産が賃貸された場合においては、抵当権者は、民法372条、304条の規定の趣旨に従い、目的不動産の賃借人が供託した賃料の還付請求権についても抵当権を行使することができるものと解するのが相当である。けだし、民法372条によって先取特権に関する同法304条の規定が抵当権にも準用されているところ、抵当権は、目的物に対する占有を抵当権設定者の下にとどめ、設定者が目的物を自ら使用し又は第三者に使用させることを許す性質の担保権であるが、抵当権のこのような性質は先取特権と異なるものではないし、抵当権設定者が目的物を第三者に使用させることによって対価を取得した場合に、右対価について抵当権を行使することができるものと解したとしても、抵当権設定者の目的物に対する使用を妨げることにはならないから、前記規定に反してまで目的物の賃料について抵当権を行使することができないと解すべき理由はなく、また賃料が供託された場合には、賃料債権に準ずるものとして供託金還付請求権について抵当権を行使することができるものというべきだからである。」「そして、目的不動産について抵当権を実行しうる場合であっても、物上代位の目的となる金銭その他の物について抵当権を行使することができることは、当裁判所の判例の趣旨とするところであり……、目的不動産に対して抵当権が実行されている場合でも、右実行の結果抵当権が消滅するまでは、賃料債権ないしこれに代わる供託金還付請求権に対しても抵当権を行使することができるものというべきである。」最判平成元年10月27日民集43巻9号1070頁
(※2)民法372条によって抵当権に準用される同法304条1項に規定する『債務者』には、原則として、抵当不動産の賃借人(転貸人)は含まれないものと解すべきである。けだし、所有者は被担保債権の履行について抵当不動産をもって物的責任を負担するものであるのに対し、抵当不動産の賃借人は、このような責任を負担するものではなく、自己に属する債権を被担保債権の弁済に供されるべき立場にはないからである。同項の文言に照らしても、これを『債務者』に含めることはできない。また、転貸賃料債権を物上代位の目的とすることができるとすると、正常な取引により成立した抵当不動産の転貸借関係における賃借人(転貸人)の利益を不当に害することにもなる。」最決平成12年4月14日民集54巻4号1552頁
(※3)「もっとも、所有者の取得すべき賃料を減少させ、又は抵当権の行使を妨げるために、法人格を濫用し、又は賃貸借を仮装した上で、転貸借関係を作出したものであるなど、抵当不動産の賃借人を所有者と同視することを相当とする場合には、その賃借人が取得すべき転貸賃料債権に対して抵当権に基づく物上代位権を行使することを許すべきものである。」前掲最決平成12年4月14日
(※4)「民法304条1項の趣旨目的に照らすと、同項の『払渡又ハ引渡』には債権譲渡は含まれず、抵当権者は、物上代位の目的債権が譲渡され第三者に対する対抗要件が備えられた後においても、自ら目的債権を差し押さえて物上代位権を行使することができるものと解するのが相当である。」「けだし、(一)民法304条1項の『払渡又ハ引渡』という言葉は当然には債権譲渡を含むものとは解されないし、物上代位の目的債権が譲渡されたことから必然的に抵当権の効力が右目的債権に及ばなくなるものと解すべき理由もないところ、(二)物上代位の目的債権が譲渡された後に抵当権者が物上代位権に基づき目的債権の差押えをした場合において、第三債務者は、差押命令の送達を受ける前に債権譲受人に弁済した債権についてはその消滅を抵当権者に対抗することができ、弁済をしていない債権についてはこれを供託すれば免責されるのであるから、抵当権者に目的債権の譲渡後における物上代位権の行使を認めても第三債務者の利益が害されることとはならず、(三)抵当権の効力が物上代位の目的債権についても及ぶことは抵当権設定登記により公示されているとみることができ、(四)対抗要件を備えた債権譲渡が物上代位に優先するものと解するならば、抵当権設定者は、抵当権者からの差押えの前に債権譲渡をすることによって容易に物上代位権の行使を免れることができるが、このことは抵当権者の利益を不当に害するものというべきだからである。」「そして、以上の理は、物上代位による差押えの時点において債権譲渡に係る目的債権の弁済期が到来しているかどうかにかかわりなく、当てはまるものというべきである。」最判平成10年1月30日民集52号1頁
(※5)抵当権者が物上代位権を行使して賃料債権の差押えをした後は,抵当不動産の賃借人は,抵当権設定登記の後に賃貸人に対して取得した債権を自働債権とする賃料債権との相殺をもって,抵当権者に対抗することはできないと解するのが相当である。けだし,物上代位権の行使としての差押えのされる前においては,賃借人のする相殺は何ら制限されるものではないが,上記の差押えがされた後においては,抵当権の効力が物上代位の目的となった賃料債権にも及ぶところ,物上代位により抵当権の効力が賃料債権に及ぶことは抵当権設定登記により公示されているとみることができるから,抵当権設定登記の後に取得した賃貸人に対する債権と物上代位の目的となった賃料債権とを相殺することに対する賃借人の期待を物上代位権の行使により賃料債権に及んでいる抵当権の効力に優先させる理由はないというべきであるからである。」「そして,上記に説示したところによれば,抵当不動産の賃借人が賃貸人に対して有する債権と賃料債権とを対当額で相殺する旨を上記両名があらかじめ合意していた場合においても,賃借人が上記の賃貸人に対する債権を抵当権設定登記の後に取得したものであるときは,物上代位権の行使としての差押えがされた後に発生する賃料債権については,物上代位をした抵当権者に対して相殺合意の効力を対抗することができないと解するのが相当である。」最判平成13年3月13日民集55巻2号363頁



2019-04-18(Thu)

【事例から民法を考える】事例②「その土地,誰にも売ってません。」

本日2通目。

割と順調に進んでいます。

やっぱり今日中に終わるかもしれないですね。

とりあえず,事例②です。

≪問題≫

●事例
 X(2013年11月の時点で80歳)は,妻(同78歳)とともに長年理髪店を営んでいたが,2008年に白内障を患ったのを機に店をたたみ,以後,年額約80万円の国民年金と1998年に取得した甲土地を月極駐車場として賃貸して得られる賃料(月額10万円)により生計を立て,不足するときには預金(約1000万円)を取り崩していた。諸事に不安を覚えるようになったXは,近所に住み親身に面倒を見てくれる姪Aに(X夫妻に子はなかった),2010年夏頃から甲土地の登記済証,実印,預金通帳,銀行届出印を預けていた。

【設問1】 Xは,Aに,甲土地の登記済証等を預けた頃から,甲土地にかかる駐車場契約の管理をゆだねているY不動産会社(Bが従業員を2名雇って営んでいた)との連絡と預金の管理を任せていた。
 2012年5月に,Xは,Yが社内手続のため管理契約確認書の作成への協力を求めてきているとAから聞かされ,Aの求めに応じて書類に署名し,Aから渡された実印を押捺した。この書類は,Xを売主,Yを買主とする甲土地の売買契約書であった。また,Aが,愛人関係にあるBに唆され,Xは目が悪いため書類を差し出せばAに代読させ,それを信じるという状況を利用して,Xに署名捺印させたものだった。その後まもなく,甲土地につきこの売買を原因とするX名義からY名義への所有権移転登記がされた。契約書において売買代金額は4000万円とされていたが,この売買はAとBが経営不振に陥ったYに甲土地を得させようとして仕組んだものであったため,代金の支払はされていなかった。
 2012年8月に,YとZとの間で代金額3000万円とする甲土地の売買契約が締結され,これを原因とするY名義からZ名義への所有権移転登記がされた。Zは,障害のある子を持ち,その将来の生活資金確保の目的でこの売買をしていた。また,売買代金額がかなり割安と感じていたが,資金調達の必要から早く処分したいためというBの説明を信じていた。
 Aは,入ってこなくなった賃料分をXの前記預金の取崩しにより賄って事態の発覚を防いでいたが,Bにほかにも愛人がおり甲土地の売買代金の一部がその愛人のために使われたことを知り,2013年11月にXに事実を伝えた。Xは,弁護士に相談して,YおよびZに対して所有権移転登記の抹消登記手続を求めた。この請求の認否を論じなさい。

【設問2】 XとYとの間の売買に関する事情が,【設問1】と次の2点において異なっていたとすればどうか。①Aは,Xから駐車場契約につき全面的にゆだねられ,契約の更新,解除,新規締結など代理人として行っていた。②2012年5月にXは,Aから駐車場契約の内容を改定したうえでの更新に必要と聞かされて,数通の書類に署名した。同様のことはそれまでに何度かあったが,今回Xが署名した書類は,Aを代理人とするX・Y間の売買契約書とXを本人・Aを代理人とする白紙委任状であった。


94条から96条あたりのあれです。

代理も絡んでいます。

ここらへんが問題になるときは,

単純に記述量が多くなるので大変です。

≪答案≫
第1 設問1
 1 Xは,Y及びXに対して,所有権に基づく妨害排除請求権としての所有権移転登記抹消登記請求権を行使する。Xは,甲土地を所有しており,甲土地についてはX名義からY名義,Y名義からZ名義の所有権移転登記が存在しているから,Xの上記請求は認められるのが原則である。
 2 Y及びZは,Xが,Yに対して,甲土地を売却していることをもって(以下「本件売買契約」という。),甲土地の所有権を喪失しているとの抗弁を主張することが考えられる。これに対してXは,甲土地の売買契約書への署名捺印は,Xがその内容を把握しないまましたものであり,売買契約締結の認識がなく,本件売買契約は成立していないと再抗弁する。
 しかし,意思表示の成立は厳格に判断せず,意思表示・法律行為の効力に関する諸規定の解釈を通じて,当該事情のもとで適切な結論を得られるようにすべきであるから,表示意識が欠如していても,契約は成立する。そうすると,本件売買契約も,Xの表示意識の有無にかかわらず,成立する。
 3 また,Xは,本件売買契約が,Yの詐欺によるものであるとして,その取消しを主張する(民法96条1項)。しかし,Zは,本件売買契約との関係では「第三者」であるところ,ZはXの意思表示が詐欺によるものであることにつき「善意」であると考えられるから,Xは本件売買契約を取り消しても,これをZに対抗することができず,無意味である。
 4⑴ そこで,Xは,本件売買契約は錯誤に基づくものであるから,無効であると再抗弁する(同法95条本文)。
 「錯誤」とは,内心的効果意思と表示に不一致があることをいう。Xは,Yの社内手続に係る管理契約確認書であると認識して署名捺印をしているから,本件売買契約を締結する意思はなく,内心的効果意思と表示との間に不一致があるから,「錯誤」が認められる。そして,Xが,署名捺印をする書類が本件売買契約に係る契約書であると認識していれば,それをしていなかったと認められるから,「法律行為の要素」に錯誤があると認められる。
  ⑵ これに対して,Y及びZは,Xが内容を確認しないまま署名捺印をしたことが「重大な過失」であるとして,錯誤無効は認められないと再々抗弁をする(同条ただし書)。
 しかし,同条ただし書の趣旨は,意思表示の有効に対する相手方の信頼を保護する点にあるから,相手方がそのような保護に値しないときには,重大な過失の有無にかかわらず,無効の主張を認めることができる。Yは,Aを利用して,Xの目の悪いことを利用して,本件売買契約を締結させようとしたものであるから,Xが錯誤に陥っていることを認識していたということができる。そうすると,YにおけるXの意思表示の有効に対する信頼は保護に値しないというべきであるから,Y及びZは「重大な過失」があることをもって再々抗弁とすることができない。
  ⑶ また,Zは,Xの錯誤無効の主張に対しても,民法96条3項が類推適用されるから,Zに対して対抗することができないと再々抗弁する。
 この主張の論拠は,詐欺による意思表示において表意者は他人の違法な干渉により錯誤に陥るのに対し,錯誤による意思表示は他人の干渉なく表意者が自ら錯誤に陥る場合も含まれる点において,本人の帰責性の程度が錯誤の方が強い点にある。しかし,詐欺取消しは表意者の錯誤の重大性を問わずに認められるのに対し,錯誤無効は法律行為の要素に錯誤がなければ認められない点で,錯誤者はよりいっそう保護に値するというべきである。したがって,錯誤無効の主張に対して民法96条
3項が当然に類推適用されるものではない。
  ⑷ さらに,Zは,民法94条2項の類推適用により,ZのY名義の登記に対する信頼は保護されるべきであると再々抗弁する。
 しかし,民法94条2項も第三者の外観に対する信頼を保護する制度である点で,民法96条3項と類似する。そして,前記の通り,要素の錯誤の場合には,錯誤者を第三者との間でも保護すべきであるから,同様の事情をもって民法94条2項を類推適用することは矛盾となるため,認められない。
 4 以上から,Xの錯誤無効の主張が容れられるから,Xの上記請求は認められる。
第2 設問2
 1 Xは,Y及びZに対して,第1.1と同様の請求をする。
 2 Y及びZは,代理(同法99条1項)によって締結された本件売買契約により,Xは甲土地の所有権を喪失していると抗弁する。
 しかし,AとYとの間で甲土地の売買契約締結の意思表示がされ,その際に顕名もされているが,Aはこれらに先立って本件売買契約の締結についての代理権を付与されていないから,代理の要件を満たさず,その効果はXに帰属しない。
 3⑴ そこで,Y及びZは,民法109条所定の表見代理によって,Xはその責任を負うと抗弁する。AY間における売買契約締結の意思表示,その際の顕名については前記の通りである。そして,Xを本人・Aを代理人とする委任状が作成されたことにより,XがAに代理権を授与したことがYに対して表示されている。そうすると,Xは,民法109条所定の表見代理によって,本件売買契約の責任を負う。
  ⑵ これに対しては,Xは,本件売買契約の締結のための委任状との認識なく署名したものであるから,委任状の成立は否定されると再抗弁する。しかし,代理権授与表示は,意思表示類似のものであるため,表示意思は不要である。そうすると,Xが,前記の認識なく署名をしたとしても,それをもって前記委任状の存在により,Aが本件売買契約の代理権を有する旨が表示されたというべきである。
  ⑶ また,Xは,YがAに代理権がないことを知っていたため,Xは民法109条所定の表見代理による責任を負わないと再抗弁する(同条ただし書)。YはAとの協力の下,Xに本件売買契約を締結させようとしたものであるから,Aに代理権がないことを知っていたと認められるため,Xは民法109条所定の表見代理責任を負わない。
 4 また,Y及びZは,民法110条所定の表見代理によって,Xはその責任を負うと抗弁する。しかし,前記のように,YはAに代理権が存在しないことを知っていたため,認められない。また,同条は,本人に契約の効力か本来帰属しない場合につき,代理権の存在に対する信頼を保護するために例外を認めるものであるところ,転得者はの信頼の対象は,直接には前主が権利を有することであり,前主との間でその権利について契約をした者がその契約をする代理権を有していたことではない。したがって,同条にいう「第三者」には転得者は含まれないから,転得者であるZは,同条所定の表見代理の責任について抗弁することができない。
 5 そこで,Zは,民法94条2項の類推適用により,Y名義の登記を信頼したことは保護されるべきであると抗弁する。
 前記のように,民法94条2項は,権利の外観を信頼した第三者を保護する趣旨に出たものであるから,同様に第三者の信頼を保護すべき場合には類推適用される。そして,不実の権利の外観が存在し,この外観の存在について権利者に帰責性があり,第三者がこれを真正に信じたことが認められる場合には,同項が類推適用される。そして,自らが不実の外観の作出に直接かかわっていなくとも,これと同程度の帰責性が認められる場合には,民法110条をも類推適用すべきである。
 これを本件についてみると,甲土地の所有権移転登記については,本件売買契約が有効にされていないにもかかわらわず,Y名義とされていることから,不実の登記が存在する。そして,Xは,重要な財産の管理をAに任せきりにしており,Aに言われるがままにその内容も確認せず書面に署名し実印を捺印していることからすると,Xにおいて不実の登記が作出されたことについて帰責性が認められるようにも思える。しかし,Xは,高齢で目が不自由であり,他人を頼らざるを得なかったということができる。そして,全く無関係の者に頼っていたわけではなく,親族である姪のAを頼っていたものであるから,このような事情の下では,XがAに頼りきりにしていたことを避難することはできず,不実の登記の作出について必ずしも帰責性があったということはできない。そして,Zにおいては,不動産業者であるYが買い取った土地をわずか3か月で買値より1000万円,率にして25%も下回る価格で売却することは,通常考えられないところであり,不自然であるというべきである。そうすると,Zにおいても,甲土地の取引について不自然に考えられるはずであるところ,Zは,廉価での売却は資金調達を急ぐ必要があるためというYの説明だけをもって安易に納得している。不動産業者による説明であったとしても,その事実関係を詳細に確認するなどの手段を講じることができたと考えられ,またそうすべきであったというべきであるから,ZによるY名義の登記の存在への信頼には「正当な理由」が欠ける。
 したがって,Zについて,民法94条2項及び110条を類推適用することはできない。
 6 よって,Xの上記請求は認められる。

以 上



2019-04-18(Thu)

【事例から民法を考える】事例①「任せてくれてもいいんじゃない?」

じれかん民法もあと4問になりました。

ワンチャン今日中に終わらせられるかもしれないですね。

そうだと嬉しいですね。

でもたぶん今までのペースからして無理でしょうね。

≪問題≫

●事例
 Aは,2013年4月に保佐開始の審判を受けた。Aには子BとCがあり,Aと同居していたBが保佐人に選任された(13条2項に基づく同意事項の付加も,876条の4に基づく代理権の授与もされていない)。Aは,2013年6月中旬に,不動産業を営むCから,「経営が苦しいので援助してほしい。Bには反対されると思うので,内密にしてほしい。」と頼まれた。

【設問1】 2013年9月16日に,Aは,Cの仲介により,Dとの間で,所有する甲土地を代金額2500万円でDに売却する契約(以下,「甲売買」)を結んだ。同月30日に,代金の支払と移転登記手続が行われた。代金の支払は,Cの事務所で行われた。甲土地の登記済証とAの実印はBが保管していたが,AがBに気づかれないように持ち出し,移転登記手続に用いていた。代金として支払われた2500万円のうち,2000万円はその場でCに分け与えられ,500万円はCがAに代わって新たに開設したA名義の普通預金口座に預け入れられた。
 2014年2月10日に,Bは,甲土地の登記済証が見当たらないことからAに事情を聞き,前記の諸事実を知った。Bは,同年3月12日に,Dに対して甲売買の取消しの意思表示をした。ところが,Dは,甲土地の返還にも抹消登記手続にも応じようとしない。Aも,土地の返還も登記の抹消も必要がないと言い張っている。Bは,どのような対応をとることができるか。

【設問2】 【設問1】において,Dは,土地の返還と抹消登記手続に応じることにした。この場合,Dは,Aに対してどのような請求をすることができるか。
 なお,Aの前記普通預金口座は,2013年9月30日に500万円が入金された後,同年10月15日に80万円,同月20日に30万円,同月28日に50万円の出金があり,残高が340万円となっている。10月15日出金分の80万円はAが競馬や競輪に使い,同月20日出金分の30万円はAが1年前にEからした借金の返済に充てたことが分かっているが,同月28日出金分の50万円の使途は不明である。

【設問3】 Aは,2013年11月初旬に,所有する不動産の管理・処分をCに委任してそのための代理権を与え,Bの目を盗んで登記済証と実印を持ち出してCに交付した。Cは,それらを利用して,2013年11月中に,乙土地の店舗敷地としての賃貸借契約(期間10年,賃料月額20万円。以下,「乙賃貸借」)をFとの間で,丙土地の駐車場としての賃貸借契約(期間1年,賃料月額2万円。以下,「丙賃貸借」)をGとの間で,丁土地の売買契約(代金額3000万円。以下,「丁売買」)をHとの間で,いずれもAの代理人として締結した。賃料,売買代金は,Aの了解のもと,Cが収受し,Aには渡されていなかった。
 事情を知ったBは,乙賃貸借については賃料をAまたはBが収受することにして継続し,丙土地と丁土地はAのもとに取り戻したいと考えている。これは可能か。


保佐人……

なるほど……

保佐人にこんなに論点があるとは知りませんでしたね……

≪答案≫
第1 設問1
 1 まず,BがDに対してした甲売買の取消しの意思表示の効力について検討する。
 Aについては保佐開始の審判(民法876条)がされ,Bがその保佐人(同法12条)となっている。甲売買は,不動産である土地の売買であって,日常生活に関する行為であるとは認められないから,AがこれをするにはBの同意が必要である(同法13条1項3号)。しかしながら,Aは,Bの同意を得ることなく甲売買をしているから,Bはこれを取り消すことができる(同条4項)。そして,Aが詐術を用いたことを示す事情は存在せず(同法21条),取消しの意思表示は甲売買をBが知った時から約1か月後にされており(同法126条),それ以前に追認(同法122条本文)または法定追認(同法125条)に該当する事実もないから,その効力は否定されない。
 したがって,BがDに対してした甲売買の取消しの意思表示は有効である。
 2 そこで,Bは,甲土地を現実に取り戻すために,Dに対して,甲土地の返還及び所有権移転登記抹消登記手続をすることを催告し,これにDが応じない場合にAに代わって訴訟を提起し,それに備えて甲土地が他に処分されることを防止するため処分禁止の仮処分(民保法23条1項,53条1項)を請求し,それらのために弁護士との間でAに代わって委任契約を結ぶことなどをすることが考えられる。
 もっとも,Bがこれらの行為をするためには,Aに代理して行う必要があるが,保佐開始の審判によっては当然に保佐人に代理権は与えられることにはならない。そうすると,Bは,Aから代理権授与行為を受けるか,代理権付与の審判(同法876条の4)を受けることによって,代理権を取得しなければならない。しかし,Aは,土地の返還も登記の抹消も必要がないと言い張っているから,これらを受けることができる見込みはない。そこで,保佐開始の審判によって,保佐人に法定代理権が与えられている場合があるということができないかについて検討する。
 保佐人に同意権が認められる行為については,その保護のために,被保佐人の行為が制限されている。この限りでは,被保佐人の自己決定権の尊重に対して被保佐人の保護の要請を優越させることが,民法においてすでに決せられているとみることができる。そして,この保護が現実に図られるためには,取消権の行使だけでは足りず,取消権行使の効果として生ずる権利の行使が必要になることもある。その場合に,当該権利行使の権限が保佐人に認められないとすると,法政策上の一貫性を欠く。したがって,取消しの目的を達成するために必要な行為については,保佐人に法定代理権が認められるべきである。
 これを本件についてみると,前記のように,甲売買にはBの同意が必要であって,Bの同意なく行われた甲売買は,取消しの対象となるから,その目的の達成のために必要な行為については,すでにBに代理権があるというべきである。したがって,Bは前記行為をすることができる。
第2 設問2
 1 Bが甲売買を取り消すことにより,甲売買は遡求的に無効となり(同法121条本文),Aは給付として得たものを返還する義務を負う。もっとも,Aは「制限行為能力者」であるから,現存利益についてのみ返還すれば足りる(同条ただし書)。その趣旨は,契約上の給付として得たものを原則通り全部返還しなければならないとすると,すでにそのものを失っており返還義務を履行できそうにないため取消しを断念せざるを得ないという事態が発生するので,これを回避するために返還義務の履行のための新たな負担を制限行為能力者に免れさせた点にある。したがって,制限行為能力者にとって新たな負担となる場合には,その返還義務を免れる。
 2 本件では,Aは甲売買による給付として現金2500万円を得ている。この点,給付として得た金銭が他の金銭と混蔵されれば,返還を求められている金銭の価値が消滅したと証明することは困難であるが,Aは,甲売買の代金の一部はその場でAからCに与えられ(以下「本件贈与」という。),残部は普通預金口座に入金されており,しかもその普通預金口座にはそれ以外の入金はなく,かつ,入金後比較的短い間に相次いで出金があったきりであることから,Aのした支出は,甲売買の代金からの支出であると認められる。
 3⑴ そこで,各支出について検討すると,普通預金口座からの出金分のうち,競馬・競輪に使われた80万円は,受益と無関係にされるべき出費とはいえず,これに相当する額の返還を認めると,取り消された行為をしていなければ生じなかったはずの負担を強いることになるから,Aは返還義務を免れる。
 Eへの借金の返済のに充てられた30万円について,債務の弁済は,甲売買による代金の取得とは関わりなくされるべきものであるから,甲売買がされていなければ生じなかった負担を強いることにはならず,Aは返還義務を免れない。
 使途不明の50万円については,利得の消滅が認められるべき事情の証明がされていないため,Aは返還義務を免れない。
  ⑵ 次に,本件贈与による2000万円については,甲売買による代金の取得に関わりなくされるべきものとはいえないから,これに相当する額の返還を認めると,取り消された行為をしていなければ生じなかったはずの負担を強いることになり,利得の消滅が認められるようにも思われる。
 もっとも,本件贈与は,Bの同意が必要となる行為であるから(同法13条1項5号),Bが取り消すことができる。Bが本件贈与を取り消した場合には,AはCに対して,2000万円の返還請求権を有することとなるから,利得の消滅が認められないのではないかが問題となる。
 Bが甲売買を知った後に本件贈与を追認した場合には,それによって贈与金の支出が確定するから,甲売買の取消しは認められなくなる(同法125条5号)。一方,Bが甲売買について知った後,その取消し前に本件贈与を取り消した場合には,AがCに対する2000万円の返還請求権を取得し,これが価値変形物としてDに返還されるべき利益になる。これらのことからすると,Bが甲売買の取消し又は追認をすることができるようになった時において,本件贈与の取消しが可能であったならば,Dは,本件贈与の効力判断によって不利益を受けない,すなわち,Aは本件贈与の効力判断によってDの利益を害することができない立場にある。そうすると,本件贈与の効力が不確定である場合には,贈与金分の利得の消滅を認めるべきではなく,また,甲売買を取り消す以上は,本件贈与を追認するのであれば,Aは2000万円全額をDに返還する義務を負うというべきである。
 そこで,甲売買の取消しによってDに回復されるべき利益を確保するために,甲売買の取消しによの本件贈与の贈与者の地位がDに移転すると考える。
第3 設問3
 1 Aは,Cに代理権を与えて,乙賃貸借,丙賃貸借及び丁売買をしている。代理権の授与行為自体は民法13条1項の同意が必要とされていないから,代理権の授与行為により,本来保佐人の同意が必要となる行為をその同意なくして代理人に行わせることができるかが問題となる。
 2 代理行為と代理権授与行為とは別個の法律行為であるが,代理において目的とされるのは代理行為による本人と相手方との間の法律関係の変動であり,代理権授与行為はその変動を生じさせるための前提にすぎない。そのため,代理行為と代理権授与行為との独立性を過度に強調することは適当ではなく,代理行為が民法13条1項に掲げられた行為に該当する場合には,被保佐人がその代理行為のための代理権授与行為をするには保佐人の同意が必要である。
 ここで,本件では,乙賃貸借,丙賃貸借及び丁売買がされているが,これらの行為についての代理権授与行為が包括的にされているといえるか,それとも個別的にされているといえるかについて検討すると,乙賃貸借及び丁売買については本来Bの同意が必要となる行為であるが(同法13条1項3号,9号),丙賃貸借についてはBの同意が必要とならない行為である。この場合に,代理権授与行為が包括的にされているとみて,全部の行為が取消しの対象となると,AがBの同意を得ることなく単独でなし得た行為についてまで制限を受けることになり,Aの自己決定権への過剰な介入となり妥当ではない。また,代理権授与行為は代理行為のための手段であり,目的となる代理行為に複数の可能性が考えられるため,それに備えて包括的に行われるのであって,最終的に目的とされているのは個別的な代理行為である。そうすると,代理甲がされるまでは代理権授与を包括的に捉えるべきであるが,代理行為がされたならば,その限りで代理権授与は具体化されて目的を達しており,抽象的包括的な内容にとどまる代理権授与の他の部分と別個に捉えることができる。したがって,代理権授与の効力は,代理行為がされた後においては,個別に判断する。
 本件でも,既に乙賃貸借,丙賃貸借及び丁売買がされているから,これらの効力は個別的に判断する。
 3 そして,被保佐人が保佐人の同意を得ずにしたことを理由として代理権授与行為が取り消された場合,その代理権の行使としてされた行為は無権利代理となる。ここで,相手方の信頼保護のため,表見代理の適用があるか問題となるが,制限行為能力違反を理由とする取消しは第三者にも対抗することができるものとして,制限行為能力者の保護を第三者との関係でも貫くのが民法の立場である。そうすると,表見代理を適用して第三者を保護することは,民法の立場に矛盾することとなる。したがって,この場合には,表見代理規定が適用されることは原則としてない。
 4 これを本件についてみると,乙賃貸借については,取り消すことができるが,追認することもできるため,Bが追認をすれば,乙賃貸借のAへの効果帰属が確定する。乙賃貸借における賃貸人はAであるから,AはFに対して賃料の支払を請求することができる。他方で,Bは代理権を有しない以上,Aのためであっても,賃料の支払を請求することはできない。
 丙賃貸借は,取消しの対象とならないから,Aが丙土地を取り戻すことはできない。
 丁売買にかかる代理権授与も取り消すことができるため,Bがこれを取り消すことにより,丁売買は無権代理行為となるから,Hに対する丁土地の返還オ余語所有権移転登記の抹消登記手続請求が可能となる。この場合に,Aがこれらの請求をしようとしないときは,取消しの目的を達成するため,Bに法定代理権があるとみるべきであるから,BがAに代わって請求することが可能である。

以 上



2019-04-17(Wed)

【事例から民法を考える】事例④「そんなの,絶対,認めない!」

なぜか知らないですけど,

急におなかの調子が悪くなりました。

大変です。

健康第一ですから,

勉強なんかしている場合ではありません。

≪問題≫

●事例
 A(77歳)は,丘の中腹にある自宅(その建物を甲,土地を乙とする)に住んでいた。夫とともに懸命に働いて手に入れ,一男一女を育てあげた家であり,Aは,この家に強い愛着をもっていた。ただ,子2人が独立し遠方に住むようになり,夫に先立たれてひとり暮らしになってからは,その広さが孤独感をいっそう増すこともあった。また,膝を悪くしてからは,外出のたびに急な坂道を上り下りしなければならないことがつらかった。
 そんなあるとき,Aは,日ごろ何かと気を配ってくれる甥Bから,乙付近の地盤に問題があり,集中豪雨があると急に崩落するところもあるらしいと教えられ,専門家に調べさせようかと,もちかけられた。Aは,近くに住むBを普段から頼りにしており,また,Bが不動産業を営んでいることもあって,この申し出を受け入れた。後日,Bは,Cら3人を連れてA宅を訪れ,建設コンサルタント会社の者であるとAに紹介した。Cらは,ボーリング調査らしきことを行った。2週間後,Cが,BとともにA宅を再訪し,Aに,「調査報告書」と題する書面を手渡し,対策を講じなければ乙に地盤崩壊の可能性があること,その対策には2000万円ていどの費用を要することを告げた。しかし,実際には,これらすべてが,Aに甲と乙を売却させるためのBの偽計であった。
 途方に暮れるAに,Bが,甲・乙の相場価格はあわせて4500万円程度であるが,崩壊対策費がかかるので3000万円でなら購入してもよい,転居先も手配すると申し出た。Aは,子らに事情を話して相談のうえ,Bの申し出を受けることにした。Aは,Bから,急な話なので,代金のうち300万円はすぐに支払うが,残りは3か月後に支払うことにしてほしいと頼まれ,これを了承した。2011年11月18日に,Aは,Bが用意した契約書に署名押印し(以下,「本件売買契約」),Bから300万円を受け取り,Bに委任状・実印・登記済証・印鑑証明書を交付した。Bは,これらを用いて,甲と乙につき所有権移転登記手続をした。また,Aは,同月21日に,Bが仲介した借家に転居し,甲・乙をBに明け渡した。
 Bは,2012年3月1日になっても残代金の支払をしなかった。Aが支払を求めたところ,Bは,もう1か月待ってほしいと言い,同年4月15日には,さらにもう1か月待って欲しいと言った。Aは,子らとも相談のうえ,同月20日に,Bに対して,「今月中に2700万円を支払うか,そうでなければ,300万円を返すので,家を返してほしい。」と伝えた。しかし,その後も,Bは,2700万円の支払も甲・乙の返還もしなかった。同年6月10日に,Aの長男がBに会い,事情を厳しく問い質していたところ,前記地質調査等はBの偽計であったことが発覚した。これを伝え聞いたAは,同日,Bに対し,「ひどいじゃないの。危なくないと知っていたら,売らなかったわ。すぐに返しなさい。」と述べた。しかし,Bは甲・乙を明け渡さず,甲・乙いずれについても所有権移転登記の抹消登記手続もしていない。また,甲にはDのための抵当権設定登記(2011年12月1日付)が,乙にはEのための抵当権設定登記(2012年5月1日付)とFのための抵当権設定登記(2012年6月14日付)が,それぞれされている。いずれの登記も契約締結日にされており,契約締結の当時,Dは,Bの前記偽計を知らなかった。Eは,Bの偽計は知っていたが,AがBに甲・乙の返還を求めている事実は知らなかった。Fは,Bの偽計を知っていたAが怒って甲・乙の返還をBに求めている事実を知っていた。
 Aは,Bに対し甲・乙の返還と所有権移転登記の抹消登記手続を,D・E・Fに対し上記各抵当権設定登記の抹消登記手続を請求した。AのD・E・Fに対する請求は認められるか。


第三者シリーズです。

特に目新しいことがあったというわけでもありませんが,

それぞれの効果の対抗関係について,

整理できるという意味でいい問題です。

≪答案≫
1 Dに対する請求
 ⑴ Aは,Dに対して,所有権に基づく妨害排除請求権としての抵当権設定登記抹消登記請求権を行使する。これが認められるためには,Aが甲が所有していること,Dの抵当権設定登記が存在することが必要であるところ,これに対して,Dは,本件売買契約により,Aが甲の所有権を喪失しているとの抗弁を主張する。
 ⑵ そこで,Aは,本件売買契約を解除したとして(民法541条),その所有権の復帰をもって再抗弁を主張する。Aは,Bとの間で,本件売買契約に係る売買代金のうち2700万円の支払期日を2012年2月18日としているが,Bは同日を経過してもこれを支払っていないため,「当事者の一方がその債務を履行」していない。また,Aは,同年4月20日,Bに対して,今月中に残代金を支払うよう告げており,2度も支払期日を猶予してもらっている事情のもとではその期間も相当であるから,「相当の期間を定め定めてその履行の催告」をするとともに,同発言をもって履行がない場合の契約解除の意思表示があったものとみることができる。そして,Bは,履行をしないまま同月末日を経過しているから,「その期間内に履行がない」といえる。したがって,Aは,本件売買契約について解除権を有し,その行使により,本件売買契約は解除されている。解除の効果(同法545条1項本文)によって,契約前の状態に直接法律関係が復帰するから,Aは甲の所有権を取り戻している。
 しかし,これに対しては,Dは「第三者」(同項ただし書)にあたるため,Aは解除の効果を対抗することはできないとの再々抗弁を主張する。前記の解除の効果との関係から,同項ただし書は,解除前に現れた第三者を解除の遡及効による地位の喪失から保護する趣旨に出たものである。したがって,同項ただし書にいう「第三者」とは解除前の第三者をいう。そして,Dは解除前に甲に抵当権を設定した第三者であるから「第三者」にあたる。したがって,AはDに対して解除の効果を主張することはできない。
 ⑶ 次に,Aは,本件売買契約がBによる詐欺に基づくものから詐欺取消しをしたとして(同法96条1項),遡及的に本権売買契約が無効になる(同法121条本文)との再抗弁を主張する。Bの偽計は,Aに甲売却の意思表示をさせる目的でされており,本件売買契約はAに重大な不利益を被らせるものであるから,「詐欺」にあたる。また,Aがこの詐欺により甲売却の意思表示をしたことは明らかである。Aは,2012年6月10日,Bに対して,甲をすぐに返すように伝えているから,これをもって取消しの意思表示(同法123条)がされている。したがって,Aは,本件売買契約について取消権を有し,その行使により,本件売買契約は取り消されている。その結果,Aは甲の所有権を取り戻している。
 しかし,これに対しては,Dは「善意の第三者」(同法96条3項)にあたるため,Aは取消の効果を対抗することができないとの再々抗弁を主張する。同項は,取消しの遡及効から第三者を保護する趣旨に出たものであるから,「第三者」とは,取消し前に法律上の利害関係を有するに至った者をいう。Dは,Aの取消し前に甲に抵当権を設定しており,かつ,Bの偽計を知らなかったのであるから,「善意の第三者」である。したがって,AはDに対し取消しの効果は主張することはできない。
 ⑷ そこで,Aは,本件売買契約が錯誤(同法95条本文)に基づくものであるとして,その無効であることを再抗弁として主張する。もっとも,Aは,本件売買契約を締結する点において内心的効果意思と表示行為とは一致しているから,「錯誤」がないように思えるが,動機の錯誤であっても,それが外部に表示され,法律行為の要素となっている場合には,錯誤無効を主張することができる。本件売買契約における甲の売買代金は,Aの誤信の対象である地盤崩壊の危険性をAとBがともに前提として定めたものであることから,Aの動機はBに少なくとも黙示されており,かつ,この錯誤は売買代金額を相場額よりその3分の1にあたる1500万円程度も低下させた原因であり,極めて重大なものであるから,法律行為の要素となっていると考えられる。したがって,Aには「錯誤」が認められる。そうすると,本件売買契約は無効であって,Aは甲の所有権を当初から有していたことになる。
 これに対して,Dは,錯誤無効についても民法96条3項が類推適用されるべきであるとの再々抗弁を主張することが考えられる。この主張の論拠は,錯誤による意思表示の無効は原則として錯誤者からしか主張することができないから,錯誤者が無効の主張をするまでは,意思表示は事実上効力を有するものとして扱われる点で,錯誤無効の主張は取消しに類似すること,また,詐欺取消しと錯誤無効は,錯誤者を意思表示の拘束から解放する点で共通しており,民法95条による場合には他人の干渉によらず自ら錯誤に陥った者を含む点で,表意者の帰責性が同法96条の場合よりも大きいことにある。しかし,同法95条の無効主張には錯誤の要素性が必要であるから,この点で,錯誤者は,より厚く保護されるべきである。したがって,錯誤無効の場合に同法96条3項を類推適用すべきではない。そうすると,Dの前記主張は認められない。
 そこで,Dとしては,民法94条2項の類推適用を主張することも考えられるが,BD間の契約の時点でAは錯誤に気づいていなかったのであるから,同項の類推適用を基礎づける帰責性が認められない。したがって,Dのこの主張も認められない。
 ⑸ よって,Aは,本件売買契約の無効を主張することにより,上記請求が認められる。
2 Eに対する請求
 ⑴ Eに対する請求の根拠も1⑴と同様である。
 ⑵ Aが解除を主張する場合には,Eは解除後の第三者であるから,同法545条1項ただし書の「第三者」にはあたらない。しかし,解除による所有権の復帰的物権変動は,「第三者」(同法177条)との間で対抗関係となるから,登記を具備しなければ対抗することができない。また,Eは,本件解除が自己の抵当権取得に先行することを知らないから,「第三者」から除外されるものではない。したがって,Aの解除の主張は認められない。
 ⑶ Aが取消しを主張する場合には,Eは取消し前の第三者であるが,Bの偽計について知っているのであるから「善意の第三者」ではない。したがって,Aの上記請求は,取消しを理由として認められる。
 ⑷ またもAが無効を主張する場合にも,1⑷と同様に,Aの上記請求が認められる。
3 Fに対する請求
 ⑴ Fに対する請求の根拠も1⑴と同様である。
 ⑵ Aが解除を主張する場合には,Fは本件解除について知らないのであるから,「第三者」から除外されない。
 ⑶ Aが取消しを主張する場合には,Fは取消し後の第三者であるから,同法96条3項の「第三者」にあたらない。もっとも,取消しに基づく所有権の復帰的物権変動についても,第三者と対抗関係になるから,登記がなければ対抗することができない。そうすると,Fは「第三者」にあたり,登記を具備している。
 ところが,同条は自由競争下での対抗関係の処理について定めたものであるから,自由競争を逸脱する背信的悪意者は,登記の欠缺を主張するにつき正当な利益を有しているとはいえず,「第三者」にあたらない。二重売買の場合と異なり,先行する物権変動の原因が取消しである場合には,第三者は,取消者と対等な立場で同一前主からの物権の取得を競うものとはいえないから,この場合の悪意の第三者は,取消しによる権利の原状回復を妨害する者であるとして,背信的悪意者であるというべきである。そうすると,FはAによる取消しを知りつつ乙に抵当権を取得しているから,Fは「第三者」にあたらない。
 したがって,Aは登記なくしてFに取消しの効果を対抗することができるため,Aの上記請求は認められる。
 ⑷ Aが無効を主張する場合にも,1⑷と同様に,Aの上記請求が認められる。

以 上



2019-04-17(Wed)

【事例から民法を考える】事例⑱「もっと生きられたはずなのに」

【今日の一品】

S__15024130.jpg

本日の昼飯兼夜飯はラーメン二郎立川店にて小豚です。

去年だか一昨年くらいに営業を再開したところですが,

今回初めて伺いました。

よくtwitterでは「しょっぱい」とか「豚がかたい」などと書かれていましたが,

本当にその通りでした。

なんなら野菜もかたかったです。

とはいえ私は別にジロリアンでもなんでもないので,

これで十分二郎欲は満たされます。

おいしかったです。

ところで,今回は,事例⑱です。

≪問題≫

●事例
 A(52歳)は,2011年3月にB病院の医師Cの診察を受けたが,同年12月に白血病で死亡した。次の各設問におけるAの妻X1(47歳)と子X2(15歳)の損害賠償請求につき検討せよ(設問はそれぞれ独立した問いである)。

【設問1】 2011年3月にAを診察したCは,仕事に忙殺され睡眠も十分とれず毎晩大量に飲酒をしていたこと等をAから聞き,特段の検査もせずに,Aの体調不良は過労やストレスによる内蔵機能の低下が原因であると判断し,Aに対し静養と断酒等の指示をし,肝機能疾患薬を処方した。Aは,一時は症状が改善したものの,1か月後には再び極度の疲労感に襲われ,体重減少や発熱も続いたため,総合病院で精密検査を受けたところ,同年5月,進行期の慢性骨髄性白血病に罹患していることが判明した。その直後より開始された種々の化学療法も奏功せず,Aは同年12月に死亡した。
 Xらは,Aが死亡したのはCが3月時点で必要な措置を講じなかったためであるとして,Bに対して,不法行為(715条)を根拠に,Aの死亡による逸失利益4000万円(平均稼働年数15年分で算出),Aの慰謝料3000万円,Xら固有の慰謝料1200万円等の損害の賠償を求めて訴えを提起した。この請求は認められるか。なお,同裁判では,同年3月の時点でBにおいて医療水準に応じた注意義務に従い適切な検査が行われていればAの病気は発見できたこと,ただし実際にこの時期に治療が開始されていたとしても延命できた可能性は5割程度にとどまるとする鑑定結果が出された。

【設問2】 【設問1】において,Aに自らの営む事業に係る負債15億円があったためXらが相続放棄をしたとすると,延命可能性が9割を超える場合だったとしても,Xらの損害賠償請求は認められないことになるか。

【設問3】 2010年8月,Aは,赤信号に変わるタイミングで交差点を横断していたところ,制限速度を50km上回って交差点に進入してきたD運転のトラックに撥ねられ,頭部を激しく強打した結果,言語障害と右下半身不随の障害を負った。そこで2010年12月,Aは,Dに対し,慰謝料2000万円,治療費3000万円,逸失利益2000万円(障害による労働能力喪失を平均稼働年数15年で算出),介護費用5000万円(平均余命までの30年分で算出)につき賠償請求をした。ところで,Aは,退院後も続けられていた言語療法の結果,2011年3月には意思伝達が可能となるまでに回復したが,この頃にAから体調不良を訴えられたX1は,AにCの診療を受けさせた。Cが,当初Aの体調不良は受傷の回復期にみられるものと判断し格別の検査を行わなかったこともあって,白血病の治療開始が遅れ,同年12月にAは死亡した。Aの訴訟を引き継いだXらは,Aの死亡はDの交通事故で意思伝達ができず病気の発見が遅れたことに起因するものであるとして,A死亡により,逸失利益2000万円,Aの慰謝料1000万円,Xら固有の慰謝料1200万円を従前の請求額に追加してDに賠償請求をした。この請求は認められるか。なお,交通事故におけるAとDの過失割合は1対9であった。また,交通事故当時すでにAは慢性骨髄性白血病に罹患してはいたが,症状が悪化する前段階であったため,治療をすれば寛解の可能性も7割はあったとの鑑定結果であった。


不法行為……

色々問題があってそれだけで大変なのに,

理論面で未だに学説同士が強く対立しあっているイメージがあります。

司法試験で出されたら嫌な分野の一つです。

≪答案≫
第1 設問1
 1 Xらは,Bに対して,使用者責任に基づく損害賠償請求をしているが,これが認められるかどうかについて,その要件を検討する。
 2⑴ CはBに雇用されて勤務される医師であるから,Bは「事業のために他人を使用する者」である。そして,CはBにおける勤務中の職務としてAの診療を行っているから,「被用者がの事業の執行について」行ったものである。
  ⑵ そこで,Aの死亡を権利侵害とみて,Cの過失行為とAの死亡との間に因果関係が認められるかどうかが問題となる。
 訴訟上の因果関係の立証は,一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく,経験則に照らして前証拠を総合検討し,特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり,その判定は,通常人が疑を差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とし,かつ,それで足りる(※1)。このことは,医師が注意義務に従って行うべき診療行為を行わなかった不作為と患者の死亡との間の因果関係の存否の判断においても異なるものではない。そして,医師が注意義務を尽くして診療行為を行っていたならば,患者がその死亡の時点においてなお生存していたであろうことを是認し得る高度の蓋然性が証明されれば,医師の不作為と患者の死亡との間の因果関係は肯定される(※2)
 これを本件についてみると,Aの延命可能性は5割程度という鑑定結果が出ていることから,裁判所においても同様の心証にしか達しない場合には,Cが注意義務を尽くして診療行為を行っていたとしても,Aが死亡時点においてなお生存していたであろうことを是認し得る高度の蓋然性が証明されたとはいえないため,Cの不作為とAの死亡との間の因果関係は肯定されない。
  ⑶ もっとも,医療行為と患者の死亡との間の因果関係の存在は証明されないが,医療水準にかなった医療が行われていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明されるときは,医師は,患者に対し,不法行為による損害を賠償する責任を負う。なぜなら,生命を維持することは人にとって最も基本的な利益であって,その可能性は法に依って保護される利益であり,医師が過失により医療水準かなった医療を行わないことによって患者の利益が侵害されたものということができるからである(※3)
 これを本件についてみると,前記の鑑定結果からすれば,医療水準にかなった医療が行われていたならばAがその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が高度の蓋然性をもって証明されているということができる。したがって,Aにおいて,その死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性を喪失させられる権利侵害があり,これとCの医療行為との間の因果関係も肯定される。
 よって,XらのBに対する上記請求権は成立する。
 3 そこで,Xらが請求することができる損害の範囲について検討すると,あくまで生存の可能性が法益とされている以上は,これを具体的数値で明確に認定することは困難である。したがって,この場合には,Aの死亡による逸失利益までを賠償請求することはできず,Aの慰謝料請求のみが認められ,Xらはこれを相続した限りで賠償請求することしかできない。よって,XらはBに対し3000万円の範囲で損害賠償請求をすることが認められる。
第2 設問2
 1 Xらが相続放棄(同法938条)をする場合には,初めから相続人とならなかったものとみなされ(同法939条),AのBに対する慰謝料請求権及び逸失利益の損害賠償請求権も相続しないこととなる。そうすると,Xらがこれらの請求権を行使することはできなくなる。
 2⑴ そこでXらとしては,自己の固有の損害賠償請求権を行使することが考えられる。本件では,Aの延命可能性が9割を超えるとの鑑定結果が出されており,Cが注意義務を尽くして診療行為を行っていたならば,Aがその死亡の時点においてなお生存していたであろうことを是認し得る高度の蓋然性が証明されるものと考えられるから,Cの不作為とAの死亡との間の因果関係は肯定される。したがって,Xらは,Aの生命侵害を理由とする損害賠償請求をすることができる。
  ⑵ ここで,損害とされるべき対象については,Xらの慰謝料及びXらがAから扶養を受ける利益である(同法711条)。この利益は,被扶養者固有の利益であるから,相続放棄によってAの逸失利益の損害賠償請求権が失われたからといって失われるものではない。したがって,相続放棄には影響されない。
 なお,扶養利益喪失による損害額は,相続により取得すべき死亡者の逸失利益の額と当然に同じ額となるものではなく,個々の事案において,扶養者の生前の収入,そのうち被扶養者の生計の維持に充てるべき部分,被扶養者各人につき扶養利益として認められるべき比率割合,扶養を要する状態が存続する期間などの具体的事情に応じて適正に算定すべきである(※4)
 したがって,Aの死亡による逸失利益4000万円が扶養利益喪失による損害額となるものではなく,このほかに,Aの負債15億円を放棄した点や,Xらの扶養を要する状態が存続する期間などを勘案して損害額が決定される。
第3 設問3
 1 Xらは,Dに対して,不法行為に基づく損害賠償請求をしているが,その損害がどの範囲で認められるか問題となる。
 2⑴ まず,Aが生前に,Dに対して,不法行為に基づく損害賠償請求をしていた部分について,慰謝料2000万円および治療費3000万円は,既に生じた損害であるから,これらの損害にかかる請求権は相続によりXらが取得する。したがって,Aの慰謝料及び治療費は損害の範囲に含まれる。
  ⑵ それでは,逸失利益についてはどの範囲で認められるか。逸失利益の算定は基礎年収に労働能力割合と労働能力喪失期間を乗じることによって行うところ,ここでは平均稼働可能年齢を用いることとなる。しかし,Aは平均稼働可能年齢に達する前に死亡しているため,その後の逸失利益部分は実際には稼働が可能でなかったとして損害の範囲に含まれないようにも思われるため,この点について検討する。
 労働能力の一部喪失による損害は,事故の時に一定の内容のものとして発生しているのであるから,事故の後に生じた事由によってその内容に消長を来すものではない。また,事故の被害者が事故後にたまたま別の原因で死亡したことにより,賠償義務を負担する者がその義務の全部又は一部を免れ,他方被害者ないしその遺族が事故により生じた損害のてん補を受けることができなくなるのは衡平の理念に反する。したがって,事故の被害者が事故に起因する傷害のために身体的機能の一部を喪失し,労働能力の一部を喪失した場合において,逸失利益の算定にあたっては,その後に被害者が死亡したとしても,当該事故の時点で,志望の原因となる具体的事由が存在し,近い将来における死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情がない限り,当該死亡の事実は就労可能期間の認定上考慮すべきでない(※5)
 これを本件についてみると,AがDのトラックに衝突される交通事故の段階で,白血病の罹患の程度は進行期の前段階であり,この段階で治療をすることにより7割程度の確実性をもって寛解の余地があったのであるから,近い将来における死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情はなかったというべきである。したがって,交通事故に基づく逸失利益の算定において,Aが死亡した事実は就労可能期間の認定上考慮すべきではない。よって,逸失利益2000万円についても請求が可能である。
  ⑶ また,介護費用についてもどの範囲で認められるか問題となる。
 介護費用の賠償は,被害者において現実に支出すべき費用を補填すべきものであり,被害者が死亡すれば,その時点以降の介護は不要となるのであるから,もはや介護費用の賠償を命ずべき理由はなく,その費用をなお加害者に負担させることは,被害者ないしその遺族に根拠のない利得を与える結果となり,かえって衡平の理念に反する。したがって,自己の被害者が事故後に別の原因により死亡した場合には,死亡後に要したであろう介護費用を当該事故による損害として請求することはできない(※6)
 そうすると,本件では,Aの死亡後の介護費用の賠償を求めることはできないため,介護費用5000万円のうち,A死亡後の部分については請求することができない。
 3 また,Xらは,Aの死亡による逸失利益,Xら固有の慰謝料を請求に追加しているが,緊急に対処すべきであり,かつ対処すれば死を回避できたという白血病の施術が,交通事故によって不可能となったという事情が具体的に認められる等でない限り,相当因果関係があるということはできない。したがって,Xらはこれらの請求をすることはできない。
 同様に,Aの慰謝料についても,Xらは請求することができない。

以 上


(※1)訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑を差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りるものである。」最判昭和50年10月24日民集29巻9号1417頁
(※2)「[訴訟上の因果関係の立証は,]医師が注意義務に従って行うべき診療行為を行わなかった不作為と患者の死亡との間の因果関係の存否の判断においても異なるところはなく、経験則に照らして統計資料その他の医学的知見に関するものを含む全証拠を総合的に検討し、医師の右不作為が患者の当該時点における死亡を招来したこと、換言すると、医師が注意義務を尽くして診療行為を行っていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していたであろうことを是認し得る高度の蓋然性が証明されれば、医師の右不作為と患者の死亡との間の因果関係は肯定されるものと解すべきである。患者が右時点の後いかほどの期間生存し得たかは、主に得べかりし利益その他の損害の額の算定に当たって考慮されるべき事由であり、前記因果関係の存否に関する判断を直ちに左右するものではない。」最判平成11年2月25日民集53巻2号235頁
(※3)「疾病のため死亡した患者の診療に当たった医師の医療行為が、その過失により、当時の医療水準にかなったものでなかった場合において、右医療行為と患者の死亡との間の因果関係の存在は証明されないけれども、医療水準にかなった医療が行われていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明されるときは、医師は、患者に対し、不法行為による損害を賠償する責任を負うものと解するのが相当である。けだし、生命を維持することは人にとって最も基本的な利益であって、右の可能性は法によって保護されるべき利益であり、医師が過失により医療水準にかなった医療を行わないことによって患者の法益が侵害されたものということができるからである。」最判平成12年9月22日民集54巻7号2574頁
(※4)「不法行為によって死亡した者の配偶者及び子が右死亡者から扶養を受けていた場合に、加害者は右配偶者等の固有の利益である扶養請求権を侵害したものであるから、右配偶者等は、相続放棄をしたときであっても、加害者に対し、扶養利益の喪失による損害賠償を請求することができるというべきである。しかし、その扶養利益喪失による損害額は、相続により取得すべき死亡者の逸失利益の額と当然に同じ額となるものではなく、個々の事案において、扶養者の生前の収入、そのうち被扶養者の生計の維持に充てるべき部分、被扶養者各人につき扶養利益として認められるべき比率割合、扶養を要する状態が存続する期間などの具体的事情に応じて適正に算定すべきものである。」最判平成12年9月7日集民199号477頁
(※5)「交通事故の被害者が事故に起因する傷害のために身体的機能の一部を喪失し、労働能力の一部を喪失した場合において、いわゆる逸失利益の算定に当たっては、その後に被害者が死亡したとしても、右交通事故の時点で、その死亡の原因となる具体的事由が存在し、近い将来における死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情がない限り、右死亡の事実は就労可能期間の認定上考慮すべきものではないと解するのが相当である。けだし、労働能力の一部喪失による損害は、交通事故の時に一定の内容のものとして発生しているのであるから、交通事故の後に生じた事由によってその内容に消長を来すものではなく、その逸失利益の額は、交通事故当時における被害者の年齢、職業、健康状態等の個別要素と平均稼働年数、平均余命等に関する統計資料から導かれる就労可能期間に基づいて算定すべきものであって、交通事故の後に被害者が死亡したことは、前記の特段の事情のない限り、就労可能期間の認定に当たって考慮すべきものとはいえないからである。また、交通事故の被害者が事故後にたまたま別の原因で死亡したことにより、賠償義務を負担する者がその義務の全部又は一部を免れ、他方被害者ないしその遺族が事故により生じた損害のてん補を受けることができなくなるというのでは、衡平の理念に反することになる。」最判平成8年4月25日民集50巻5号1221頁
(※6)「介護費用の賠償は、被害者において現実に支出すべき費用を補てんするものであり、判決において将来の介護費用の支払を命ずるのは、引き続き被害者の介護を必要とする蓋然性が認められるからにほかならない。ところが、被害者が死亡すれば、その時点以降の介護は不要となるのであるから、もはや介護費用の賠償を命ずべき理由はなく、その費用をなお加害者に負担させることは、被害者ないしその遺族に根拠のない利得を与える結果となり、かえって衡平の理念に反することになる。……交通事故による損害賠償請求訴訟において一時金賠償方式を採る場合には、損害は交通事故の時に一定の内容のものとして発生したと観念され、交通事故後に生じた事由によって損害の内容に消長を来さないものとされるのであるが、右のように衡平性の裏付けが欠ける場合にまで、このような法的な擬制を及ぼすことは相当ではない。……被害者死亡後の介護費用が損害に当たらないとすると、被害者が事実審の口頭弁論終結前に死亡した場合とその後に死亡した場合とで賠償すべき損害額が異なることがあり得るが、このことは被害者死亡後の介護費用を損害として認める理由になるものではない。以上によれば、交通事故の被害者が事故後に別の原因により死亡した場合には、死亡後に要したであろう介護費用を右交通事故による損害として請求することはできないと解するのが相当である。」最判平成11年12月20日民集53巻9号2038頁



2019-04-17(Wed)

【事例から民法を考える】事例⑭「聞いてないよ」

いつもと変わらない水曜日です。

今回は,事例⑭です。

≪問題≫

●事例
 Cは,甲土地(100坪)の近くのアパートに居住するDが,自宅を建築するための敷地として甲土地を購入したがっていることを伝え聞き,自分が甲土地を買い受けてそれをDに転売して,利益を得ることを思いついた。
 甲土地を含むその周辺一帯の土地は,かつてはBの父が大地主として所有していたものであったが,その父は十数年前に亡くなっており,現在は,Bが事実上その一族を取り仕切る実力者としての地位にいることは,衆目の一致するところであった。また,甲土地は,Bの単独所有として時されていた。そこで,Cは,Bに対して甲土地の買受けを持ちかけたところ,Bは「お売りしましょう」と述べ,平成24年4月1日にB・C間で代金を5000万円とする甲土地の売買契約が締結された。代金支払は,同月20日に,移転登記および甲土地の引渡しと引換えに行われることとされた。
 これを受けて,CはDに甲土地の売却を持ちかけ,同月8日に,C・D間で代金を5300万円とする売買契約を締結したが,Dの資金調達の関係で,代金支払は,同年6月1日に移転登記および甲土地の引渡しと引換えに行われることとされた。
 ところが,甲土地は,実際にはBとその妹Aが共同相続したものであり(相続分はA・Bそれぞれ1/2ずつ),遺産分割がされないままであったものを,たまたま同年3月に,Bが書類を偽造してAに無断で単独名義の登記をしていたものである。Bは,Aの持分を安く譲り受けることは容易であると考えて,Cに甲土地を売却する契約を締結したものであった。同年4月2日,BはAに対して,2000万円での持分の譲受けを持ちかけたが,Bの予想に反してAはそれを強く拒んだ。Bは,何とか2500万円以内での譲受けをめざしてその後も粘り強くAの説得を続けていたが,Aは3000万円以上でなければ持分を譲ることはできないと述べて,断固として応じようとしなかった。Bは,結局,2500万円以内でAの持分を譲り受けることはできないと判断し,同年4月17日,Cに事情を説明して,契約をなかったことにして欲しいと告げた。
 この場合につき,次の設問に答えなさい。設問はそれぞれ独立の問いである。

【設問1】 CはBに対して,いかなる権利行使をすることができるか論じなさい。

【設問2】 平成24年4月18日に,Bは交通事故で死亡し,AがBを単独相続した(単純承認をした)。このとき,CはAに対して甲土地の引渡しおよび所有権の移転を求めることができるかどうか論じなさい。


他人物売買ですね。

みんな大好き担保責任の性質論にも触れ,

無権代理の相続の問題にも思いを巡らせ,

頑張って答案を書いていきたいと思います。

≪答案≫
第1 設問1
 1 Cは,Bに対して,甲土地のうちAの持分に係る部分(以下「A持分部分」という。)については他人物売買であるとして,契約を解除する(民法563条2項)ことが考えられる。
 甲土地は,A及びBが共同で相続したものであるから,それぞれ2分の1ずつ(同法900条4号)の持分を有する共有状態となっている。そうすると,A持分部分については,Bはこれを処分する権限を有していないから,BC間の「売買の目的である権利の一部が他人に属する」(同法563条1項)といえる。
 「売主がこれを買主に移転することができないとき」とは,社会の取引観念上,権利移転を期待できない場合をいい,権利者の処分意思の有無,売主による履行意思の欠如,時間の経過等から判断する。A持分部分の権利者であるAは,Bの提示した2500万円での譲渡しを断固として拒絶しているから,処分意思はないものといえる。また,BはCに対し,契約はなかったことにしてほしいと告げているから,Bの履行意思は欠如している。したがって,社会の取引観念上,BがCにA持分部分を移転することは期待できないといえるから,「売主がこれを買主に移転することができないとき」にあたる。
 「残存する部分のみであれば買主がこれを買い受けなかったとき」とは,通常人を基準として,制約の性質や目的から客観的に判断される(※1)。Cが,甲土地のうちBの持分に係る部分(以下「B持分部分」という。)のみを取得した場合には,甲土地はA及びCの共有となるが,CはDが居住用住宅を建てるための敷地として甲土地を転売しようとしているのであり,同様に転売を考えている通常人であれば,B持分部分を取得できるだけであれば甲土地を買い受けなかったということができるから(同法249条参照),「残存する部分のみであれば買主がこれを買い受けなかったとき」にあたる。
 そして,Cは,A持分部分が他人物であることについて,契約締結当初において「善意」であったといえる。
 したがって,Cは,Bに対して,契約を解除することができる。
 2 Cは,Bに対して,他人物売買の担保責任として損害賠償請求をする(同法563条3項)ことが考えられる。
 同項は,売買の目的である権利の一部が他人に帰属する場合でも,売主は目的物を移転する契約上の義務を負っている(同法560条)ことから,債務不履行責任の特則を定めたものである。その特則性は,買主の善意が要件であること,無過失責任であることに求められるから,損害賠償の対象は信頼利益に限られる。
 そうすると,CはBに対して,契約費用や登記の準備費用等についてのみ損害賠償を受けられる。
 3 そこで,Cは,Bに対して,債務不履行に基づく損害賠償請求をする(同法415条後段)ことが考えられる。
 前記の担保責任に基づく損害賠償請求は,悪意の買主に債務不履行に基づく損害賠償請求を認めない趣旨にとどまらず,善意の買主に売主の無過失責任の追及を認めるものであるから,担保責任に基づく損害賠償請求が認められる場合であっても,これとは別個に債務不履行に基づく損害賠償請求が成立する余地がある。
 前記のように,BはA持分部分をCに譲渡することについて「履行することができなく」なっている。
 「責めに帰すべき事由」とは,故意,過失又は信義則上これと同視し得る事由をいう。Aは3000万円以上の価格であれば売るといっているのであって,2500万円以内で買いたいというBと条件が折り合っていないだけであるが,金銭の提供には不能はありえないのであるから,AがA持分部分を相当価格で売り渡そうという態度を示していたのであれば,Bとしてはこれを買い受けられなかったことに不可抗力はないはずである。不能でない限り,いくら不利な条件でもAから買い受けてCに対する債務を履行すべきであり,これを買い受けなければ当該債務の履行ができないことは当然認識できるのであるから,過失どころか故意の不作為として帰責事由を基礎づける事情となる。仮にAに全く売却の意思がなくとも,これを取得できなければBの過失があるということができる。
 したがって,Cは,Bに対して,債務不履行に基づく損害賠償請求をすることができる。この場合には,損害賠償の対象に履行利益まで含まれるのであるから,CのAに対する甲土地の転売利益である300万円及びCがDから損害賠償請求を受けた場合の損害額を請求することができる。
第2 設問2
 1 Cは,Aに対して,売主Bの地位を相続したことをもって,売買契約に基づく目的物引渡請求権としての土地明渡請求権を行使する。これに対して,Aは,A持分部分をCに移転することを承諾するか否かの自由を有しているとして,Cの上記請求を拒むことが考えられる。そこで,売主の地位を相続した権利者が権利の移転を拒絶することができるかどうかについて検討する。
 2 権利者が他人の権利の売主を相続した場合であっても,そのたに権利者自身が売買契約を締結したことになるものではないし,これによって売買の目的とされた権利が当然に買主に移転するものとされる根拠もない。また,権利者は権利の移転につき諾否の自由を有しているのであって,それが相続による売主の義務の承継という偶然の事由によって左右されるべき理由もなく,また権利者がその権利の移転を拒否したからといって買主が不測の不利益を受けるというわけでもない。したがって,権利者は,相続によって売主の義務ないし地位を承継しても,相続前と同様その権利の移転につき諾否の自由を有し,信義則に反すると認められるような特別の事情がない限り,当該売買契約上の売主として履行義務を拒否することができる(※2)
 そうすると,本件でも,Aは,権利者としての地位に基づいて,Cへの権利移転を拒絶することができる。
 したがって,CはAに対して甲土地の引渡しおよび所有権の移転を求めることはできない。
 3 なお,CはAに対して,前記のように損害賠償責任を負うBの地位を相続したとして,担保責任又は債務不履行に基づく損害賠償請求をすることはできる。

以 上


(※1)「民法563条の規定に徴すれば,売買の目的たる権利の一部が他人に属するに因り,売主が之を買主に移転すること能わざる場合に於て,残存する部分のみなれば買主が之を買受けざるべかりし事情は,売買の当時売主に於て之を知りたること,若は契約の性質,売主に知れたる契約の動機等によりて推断し得べきものたることを要すと解すべき根拠なく,唯正常の人が其の買主となりたる場合に於ては,通常之を買受けざるべかり事情たるを以て足ると解するを相当とし,原審は本件各売買の場合に斯る事情ありたることを認めたるものなること判文上自ら明白なるを以て,原判決には所論の如き違法あるものに非ず。」大判昭和6年10月31日新聞3339号10頁(一部現代表記に改め,句読点挿入済み)
(※2)「他人の権利の売主が死亡し、その権利者において売主を相続した場合には、権利者は相続により売主の売買契約上の義務ないし地位を承継するが、そのために権利者自身が売買契約を締結したことになるものでないことはもちろん、これによつて売買の目的とされた権利が当然に買主に移転するものと解すべき根拠もない。また、権利者は、その権利により、相続人として承継した売主の履行義務を直ちに履行することができるが、他面において、権利者としてその権利の移転につき諾否の自由を保有しているのであつて、それが相続による売主の義務の承継という偶然の事由によつて左右されるべき理由はなく、また権利者がその権利の移転を拒否したからといつて買主が不測の不利益を受けるというわけでもない。それゆえ、権利者は、相続によつて売主の義務ないし地位を承継しても、相続前と同様その権利の移転につき諾否の自由を保有し、信義則に反すると認められるような特別の事情のないかぎり、右売買契約上の売主としての履行義務を拒否することができるものと解するのが、相当である。」「このことは、もつぱら他人に属する権利を売買の目的とした売主を権利者が相続した場合のみでなく、売主がその相続人たるべき者と共有している権利を売買の目的とし、その後相続が生じた場合においても同様であると解される。」最判昭和49年9月4日民集28巻6号1169頁



2019-04-17(Wed)

【事例から民法を考える】事例⑤「私だって所有者だ」

今回は,事例⑤です(ついに何も言うことがなくなった)

≪問題≫

●事例
 Aは,甲土地とその上の乙建物を所有し,乙建物の1階を自身の経営する駄菓子卸売業の事務所として,甲土地の更地部分を営業車の駐車スペースとして利用していた。また,乙建物の2階には,当初はAとその妻B,長男C,長女D,次男Eが居住していたが,C・Dはそれぞれ結婚を機に乙建物から出て暮らすようになり,1980年以降,乙建物に居住していたのは,A・Bと,Aの仕事を手伝っていたE,そしてEの妻子となっていた。
 1995年3月,Aは,Eに卸売業の経営を委ねて一線から退くこととし,マンションを購入してBとともに移り住んだ。このとき,Eの費用負担で乙建物に大規模な改修が施されたことから,乙建物はAとEの共有とされ(持分は各2分の1),その旨の登記もなされた。甲土地はA所有のままとされたが,Eによる甲土地の利用につきA・E間で特段契約が結ばれたことはなく,Aへの対価の支払もされなかったが,固定資産税等の負担はEがするようになった。なお,CやDからこの件について異議が述べられたことはなかった。
 Bは2010年10月に,そして後を追うようにAも2011年2月に死亡し,C・D・EがAを相続した。ちょうどこの頃,不景気のあおりを受けたAから受け継いだ卸売業の業績が急速に悪化したため,新たな収入源を得るべく,2011年4月,乙建物の1階と甲土地の更地部分のそれぞれ約半分のスペースをFに毎月36万円の賃料で賃貸し,Fはここを学習塾とその駐車場として利用するようになった。現在までのところ遺産分割はなされていない。こうした状況において,以下の各設問のような事態が生じた(設問はそれぞれ独立した問いである)。

【設問1】 Fに賃貸した甲土地の駐車場部分に,2011年5月,Cが経営する建設会社により建設資材が大量に置かれはじめた。EがCにただちにこれらを除去するよう要請したのに対し,Cは,これに応じないばかりか,EとFに対して甲・乙の明渡しを請求するとともに,Eに対して,2011年2月以降,明渡完了までの間に発生する,Eが甲・乙を使用することの対価およびFがEに支払うべき賃料相当額の各3分の1を自己に支払うよう請求してきた。EとCそれぞれの請求は認められるか。

【設問2】 2008年12月に,自身の営む事業の業績が悪化し資金繰りに窮するようになったCが,Aの目を盗んで実印や必要書類を持ち出し,これらを使用して,甲土地につき贈与を原因としたAからCへの所有権移転登記をなし,ただちに自己の借入金の担保として銀行Gの抵当権を設定し,その登記もなしていたとする。2011年6月,これに気付いたEは,Cに対して所有権移転登記の抹消登記手続を,Gに対して上記抹消登記手続の承諾をそれぞれ求め,訴えを提起した。Eの請求は認められるか。

【設問3】 2011年3月,Cは,銀行Hから融資を受けるため,C・D・Eの共有する甲土地の登記名義をCの単独所有にしてHのための抵当権を設定することを認めてほしいとD・Eに懇請し,同人らの承諾を得てその旨の登記がなされた。その後Hの抵当権実行として甲土地が競売されIが買受人となったとき,Iからの乙建物収去,甲土地明渡しの請求を,甲・乙の使用を続けるEは拒むことができるか。


共有関係全般というところです。

設問1と設問2は割とオーソドックスな問題というか,

なんとなくこれが論点かなというのが分かりますが,

設問3の法定地上権は正直見落としていました。

論文で法定地上権の成立を考えたことがあまりなかったので,

こういう場面で問題になるんだなあということを知れました。

≪答案≫
第1 設問1
 1 CのEに対する請求について
  ⑴ Cは,Eに対し,共有持分権に基づく返還請求権としての土地明渡請求権を行使する。甲土地は元A所有であって,Aの死亡により,その子であるC,D及びEがこれを共同で相続し(民法882条,887条1項,896条本文),遺産共有しているから(同法898条,899条,900条4号),Cは甲土地の共有持分権を有している。そして,Eは甲土地の全部を使用してCの共有持分権の範囲にわたって占有している。したがって,Cの上記請求は認められるのが原則である。
  ⑵ア これに対して,Eは,Aとの間で使用貸借契約が成立していることを理由として正当な占有権原があると反論する(※1)
 しかし,共有物の利用は,「管理」(同法252条本文)にあたるから,共有者のうちその持分の価格が共有物の価格の過半数であるもの(以下「多数持分権者」という。)によってその内容が決定されるところ,CはDの賛同を得れば甲土地についてのEの使用貸借を解除することができる。したがって,Eの上記反論は認められる可能性が低い。
   イ また,Eは,自らも共有持分権を有しているから,正当な占有権原があると反論する。
 共有者の一人であってその持分の価格が共有物の価格の過半数に満たない者(以下「少数持分権者」という。)は,自己の持分によって共有物を使用収益する権原を有し,これに基づいて共有物を占有するものと認められるのであるから,多数持分権者であるからといって,共有物を現に占有する少数持分権者に対し,当然にその明渡しを請求することができるものではなく,その明渡しを求める理由を主張立証しなければならない(※2)。ここでの理由としては,単独使用をする当該共有者の使用を認めない旨及び明渡しを受けた後の具体的な使用方法などについて共有者間で決定される必要がある。
 本件でも,Cは,共有者間でEが甲土地を単独使用することを認めず,Cらが明渡しを受けた後の具体的な使用方法などについて決定されていれば,Cがこれを主張立証することにより,Eの正当な占有権原を喪失させることができる。
   ウ そうだとしても,Eは,Cが上記請求をすることは,権利の濫用であって認められないと反論する。
 具体的事案においては,不動産利用権者保護の見地から,諸般の事情を考慮し,少数持分権者の利用を認めない決定を持分価格の多数で行うことを,権利の濫用と判断すべき場合がある(※3)
 これを本件についてみると,Eの現在の使用を継続させることの必要性は十分に認められるところであり,Eの使用を全否定し,その必要性が高いとまではいえないCやDによる単独使用を,Eの反対のまま共有者間で決定することは,権利の濫用により認められないというべきである。
 したがって,Cの上記請求は認められない。
  ⑶ この場合には,CはEに対して,持分に相当する使用利益の対価を,不当利得として返還請求をすることができる(※4)
 2 CのFに対する請求について
  ⑴ Cは,Fに対して,共有持分権に基づく返還請求権としての土地及び建物明渡請求権を行使する。乙建物についても,Aがその2分の1の持分を有していたから,その子であるC,D及びFがこれを相続するため,Cは乙建物について6分の1の持分を有している。そして,Fは,甲土地を駐車場として,乙建物を塾としてそれぞれ使用することによって占有している。したがって,Cの上記請求は認められるのが原則である。
  ⑵ これに対し,Fは,Eとの間で甲土地及び乙建物について使用貸借契約を締結しているから,正当な占有権原があると反論する。
 共有物の賃貸借は一般には「管理」に該当するものの,借地借家法の適用があるものについては,法定更新が認められる結果(同法6条,28条),長期にわたり所有者が使用収益できない状態が存続する可能性があることから,「変更」(民法251条)にあたる。
 これを本件についてみると,甲土地を駐車場として利用させる内容の賃貸借については借地借家法の適用がないため(同法2条1号参照),「管理」に該当するものの,Eの持分は3分の1しかないため,C及びDがこれに反対するときには,EF間の賃貸借契約自体は有効であるものの,これが適法となるものではない。したがって,Fは,甲土地の占有権原をCに対し主張することができない。また,乙建物についてはEが3分の2の共有持分を有しているものの,その賃貸借には借地借家法の適用があるから「変更」にあたるため,甲土地と同様の帰結となる。したがって,Fは,乙建物の占有権原をCに対し主張することができない。
  ⑶ もっとも,前記のように,Eが自己の持分に基づいて甲土地及び乙建物を占有することができる結果,Eから賃貸借を受けたFもEの権原を通した権原に基づく占有をしているということができる。したがって,Cは,Fに対して,甲土地及び乙建物の明渡しを請求することはできない(※5)
  ⑷ この場合,FがEに支払う賃料につき持分に応じた額をEに請求することができる。
 3 EのCに対する請求について
 EはCに対して共有持分権に基づく返還請求権としての土地明渡請求権を行使する。しかし,前記のように,共有者間で甲土地の使用方法についての決定がない限りは,当該請求は認められない。
 もっとも,CがEやFの占有を妨げていることは明らかであるから,EはCに対して占有保持の訴え(同法198条)によって,建設資材の除去及び損害賠償の請求をすることができる。
第2 設問2
 1 Eは,Cに対して,共有持分権に基づく妨害排除請求権としての所有権移転登記抹消登記請求権を,Gに対して,所有権に基づく妨害排除請求権としての承諾請求権(不動産登記法68条参照)を,それぞれ行使する。Eが甲土地について共有持分権を有していることは前記の通りである。
 2 Cに対する請求について
  ⑴ Cは,甲土地につき全部の所有権を有する旨の登記を具備することにより,Eの共有持分権を侵害しているから,これを占有以外の方法によって妨害している。したがって,EのCに対する請求は認められる。
  ⑵ この場合に,Eは,どの範囲で所有権移転登記抹消登記手続を請求することができるかが問題となる。この点,Cも共有持分権を有することからすれば,その限りで実体関係に符合しているのであるから,Eは,自己の持分についてのみ一部抹消の登記手続を請求することしかできないようにも思える(※6)。しかし,Eが甲土地について単独所有の登記を具備したのは,C,D及びEの間で共有関係に移行する以前であり,この段階では,甲土地の所有権はAに帰属していたのであるから,Cは全くの無権利者である。そうすると,共有関係が生じた後に一部共有者が不実の登記を具備した場合とは異なり,Cは全面的に実体を欠くのであるから,EはCに対して,その全部の抹消登記手続を請求することができるというべきである。
 3 Gに対する請求について
 Gは,甲土地について抵当権設定登記を具備することにより,Eの共有持分権を侵害しているから,これを占有以外の方法によって侵害している。したがって,EのGに対する請求は認められる。
 そして,前記のように,Cが甲土地の全部について無権利者である以上,無権利者から抵当権の設定を受けた者もまた無権利であるから,GはEの登記の欠缺を主張するにつき正当な利益を有しないため,「第三者」(同法177条)にあたらない。したがって,Eは,抵当権設定登記の全部の抹消登記を請求することができる。
第3 設問3
 1 Iは,Eに対して,所有権に基づく返還請求権としての土地明渡請求権を行使する。Iは抵当権の実行による競売によって甲土地を取得しているから,甲土地を所有している。そして,Eは,乙建物を共有することによって甲土地を占有している。したがって,Iの上記請求は認められるのが原則である。
 2⑴ これに対して,Eは,遺産共有の段階において共有者の一人が単独の登記名義とした上で,自身の単独所有であるとして第三者にこれを売却し,登記移転をしても,Eの持分に関する限り無権利の登記であるから,これに基づいて設定された抵当権も無効であり,Iは甲土地を取得できないと反論する(※6)
 しかし,Cの単独所有の登記は,D及びEの同意の下でC名義の登記にされている以上,民法94条2項により,EはIに対し不実の登記であることを対抗することができず,Iによる甲土地の所有権の取得は認められる。
  ⑵ そこで,Eは,抵当権の実行により乙建物に法定地上権(同法388条)が設定されたことになるため,正当な占有権原があると反論する。
 建物の共有者の一人がその建物の敷地たる土地を単独で所有する場合には,同人は,自己のみならず他の建物共有者のためにも当該土地の利用を認めているものというべきである。したがって,同人が当該土地に抵当権を設定し,この抵当権の実行により,第三者が当該土地を競落したときは,民法388条の趣旨により,抵当権設定時に同人が土地及び建物を単独で所有していた場合と同様,当該土地に法定地上権が成立する(※7)
 これを本件についてみると,乙建物は,C,D及びEの共有とされているところ,そのうちの一人であるCが甲土地に抵当権を設定したのであり,Cは自己のみならずD及びEのためにも甲土地の利用を認めているものというべきであるから,前記抵当権の実行によりIが甲土地を競落したとしても,民法388条の趣旨が及び,乙建物について法定地上権が成立する。
 3 よって,Eは,法定地上権をもってIに対抗することができるから,Iの上記請求を拒むことができる。
以 上

(※1)共同相続人の一人が相続開始前から被相続人の許諾を得て遺産である建物において被相続人と同居してきたときは、特段の事情のない限り、被相続人と右同居の相続人との間において、被相続人が死亡し相続が開始した後も、遺産分割により右建物の所有関係が最終的に確定するまでの間は、引き続き右同居の相続人にこれを無償で使用させる旨の合意があったものと推認されるのであって、被相続人が死亡した場合は、この時から少なくとも遺産分割終了までの間は、被相続人の地位を承継した他の相続人等が貸主となり、右同居の相続人を借主とする右建物の使用貸借契約関係が存続することになるものというべきである。けだし、建物が右同居の相続人の居住の場であり、同人の居住が被相続人の許諾に基づくものであったことからすると、遺産分割までは同居の相続人に建物全部の使用権原を与えて相続開始前と同一の態様における無償による使用を認めることが、被相続人及び同居の相続人の通常の意思に合致するといえるからである。」最判平成8年12月17日民集50巻10号2778頁
(※2)「思うに、共同相続に基づく共有者の一人であつて、その持分の価格が共有物の価格の過半数に満たない者(以下単に少数持分権者という)は、他の共有者の協議を経ないで当然に共有物(本件建物)な単独で占有する権原を有するものでないことは、原判決の説示するとおりであるが、他方、他のすべての相続人らがその共有持分を合計すると、その価格が共有物の価格の過半数をこえるからといつて(以下このような共有持分権者を多数持分権者という)、共有物を現に占有する前記少数持分権者に対し、当然にその明渡を請求することができるものではない。けだし、このような場合、右の少数持分権者は自己の持分によつて、共有物を使用収益する権原を有し、これに基づいて共有物を占有するものと認められるからである。従つて、この場合、多数持分権者が少数持分権者に対して共有物の明渡を求めることができるためには、その明渡を求める理由を主張し立証しなければならないのである。」最判昭和41年5月19日民集20巻5号947頁
(※3)「共有者の一部が他の共有者の同意を得ることなく共有物を物理的に損傷しあるいはこれを改変するなど共有物に変更を加える行為をしている場合には、他の共有者は、各自の共有持分権に基づいて、右行為の全部の禁止を求めることができるだけでなく、共有を原状に復することが不能であるなどの特段の事情がある場合を除き、右行為により生じた結果を除去して共有物を原状に復させることを求めることもできると解するのが相当である。けだし、共有者は、自己の共有持分権に基づいて、共有物全部につきその持分に応じた使用収益をすることができるのであって(民法二四九条)、自己の共有持分権に対する侵害がある場合には、それが他の共有者によると第三者によるとを問わず、単独で共有物全部についての妨害排除請求をすることができ、既存の侵害状態を排除するために必要かつ相当な作為又は不作為を相手方に求めることができると解されるところ、共有物に変更を加える行為は、共有物の性状を物理的に変更することにより、他の共有者の共有持分権を侵害するものにほかならず、他の共有者の同意を得ない限りこれをすることが許されない(民法251条)からである。もっとも、共有物に変更を加える行為の具体的態様及びその程度と妨害排除によって相手方の受ける社会的経済的損失の重大性との対比等に照らし、あるいは、共有関係の発生原因、共有物の従前の利用状況と変更後の状況、共有物の変更に同意している共有者の数及び持分の割合、共有物の将来における分割、帰属、利用の可能性その他諸般の事情に照らして、他の共有者が共有持分権に基づく妨害排除請求をすることが権利の濫用に当たるなど、その請求が許されない場合もあることはいうまでもない。」最判平成10年3月24日集民187号485頁
(※4)「共有者の一人が共有物の上に権利を行使するに当り,他の共有者の権利を故意若くは過失に因りて侵害するときは不法行為を構成し,又は法律上の原因なくして因りて以て利益を受け之が為めに他の共有者に損失を及ぼしたるときは不当利得となること勿論にして,原判決は毫も理由に齟齬あること無し。」大判明治41年10月1日民録14輯937頁
(※5)「共同相続に基づく共有者は、他の共有者との協議を経ないで当然に共有物を単独で占有する権原を有するものではないが、自己の持分に基づいて共有物を占有する権原を有するので、他のすべての共有者らは、右の自己の持分に基づいて現に共有物を占有する共有者に対して当然には共有物の明渡しを請求することはできないところ……、この理は、共有者の一部から共有物を占有使用することを承認された第三者とその余の共有者との関係にも妥当し、共有者の一部の者から共有者の協議に基づかないで共有物を占有使用することを承認された第三者は、その者の占有使用を承認しなかつた共有者に対して共有物を排他的に占有する権原を主張することはできないが、現にする占有がこれを承認した共有者の持分に基づくものと認められる限度で共有物を占有使用する権原を有するので、第三者の占有使用を承認しなかつた共有者は右第三者に対して当然には共有物の明渡しを請求することはできないと解するのが相当である。なお、このことは、第三者の占有使用を承認した原因が共有物の管理又は処分のいずれに属する事項であるかによつて結論を異にするものではない。」最判昭和63年5月20日家月40巻9号57頁
(※6)「相続財産に属する不動産につき単独所有権移転の登記をした共同相続人中の乙ならびに乙から単独所有権移転の登記をうけた第三取得者丙に対し、他の共同相続人甲は自己の持分を登記なくして対抗しうるものと解すべきである。けだし乙の登記は甲の持分に関する限り無権利の登記であり、登記に公信力なき結果丙も甲の持分に関する限りその権利を取得するに由ないからである……。そして、この場合に甲がその共有権に対する妨害排除として登記を実体的権利に合致させるため乙、丙に対し請求できるのは、各所有権取得登記の全部抹消登記手続ではなくして、甲の持分についてのみの一部抹消(更正)登記手続でなければならない……。けだし右各移転登記は乙の持分に関する限り実体関係に符合しており、また甲は自己の持分についてのみ妨害排除の請求権を有するに過ぎないからである。」最判昭和38年2月22日民集17巻1号235頁
(※7)建物の共有者の一人がその建物の敷地たる土地を単独で所有する場合においては、同人は、自己のみならず他の建物共有者のためにも右土地の利用を認めているものというべきであるから、同人が右土地に抵当権を設定し、この抵当権の実行により、第三者が右土地を競落したときは、民法388条の趣旨により、抵当権設定当時に同人が土地および建物を単独で所有していた場合と同様、右土地に法定地上権が成立するものと解するのが相当である。」最判昭和46年12月21日民集25巻9号1610頁



2019-04-16(Tue)

【事例から民法を考える】事例③「『継続は力なり。』 そう思う→はい そう思わない→いいえ」

さて,1か月をきったわけですが,

やることは変わりません。

とにかくじれかんを終わらせます。

今回は,事例③です。

≪問題≫

●事例
 Aの父Bが1987年5月6日に死亡し,AがBを単独で相続した。Bは,遺言を残していなかった。Bは,生前,農地甲およびその隣接地である乙において野菜を生産していた。Aは,1981年8月頃にBから,健康上の理由により離農することになったC(Bの兄)から甲を貰い受け,生産の規模を大きくすることにしたと聞かされたことがあり,相続により乙とあわせて甲を取得したと信じていた。もっとも,甲については,Bの話にそった内容の「覚書」と題するCがBに宛てた1981年8月25日付の手書きの書面が存在していたものの,登記名義はCのままになっていた。Bは,1985年秋頃から体調を崩し,農業を営める状態ではなくなったため,知人Dに,甲および乙で,農地機能を維持するために耕作を続けてもらっていた(B・D間で借地料・管理料等の金員の授受は一切されず,生産された野菜はDが自由に処分していた)。Bが死亡した後もしばらく同様であったが,1988年7月に,Aが,Dから甲および乙の返還を受け,野菜の生産を始めた。
 1986年1月にCが死亡し,その子Eがこれを単独で相続した。Eは,甲はCの所有に属し,Bに無償で耕作させているものと思っていた。同年4月に,Eと農業用水路を設置することにしたFとの間で甲につき地上権設定契約が締結され,その旨の登記(「本件地上権設定登記」)がおこなわれた。Aは,甲を相続した当時すでに水路が設けられていたことから,Bがその設置を了承していたものと考えていた。1995年10月に起こった水害の際に水路に大量の土砂が流入し,復旧作業がしばらく続けられたものの捗らず,Fは,1997年5月に別の場所に別の水路を設けた。甲の水路であった部分(「本件水路部分」)は,遅くとも1999年春には畦道のようになっていた。
 甲についてはほかに,2001年6月6日にEとGの間で,2007年9月12日にEとHの間で,それぞれ抵当権設定契約が締結され,その旨の登記がされている。
 Aは,2010年7月に,乙の隣接地を購入し,その土地と甲および乙の合筆の手続をとろうとして,甲と乙が別筆の土地であること,甲についてEを所有者とする登記がされていること,甲につき本件地上権設定登記,Gの抵当権設定登記およびHの抵当権設定登記がされていること,これまでAが納付してきた固定資産税は乙についてのものだけであったことを知った。
 この場合について,次の設問に答えなさい。なお,設問は,それぞれ独立の問いである。

【設問1】 2010年9月4日に,Aは,Eに対して甲の所有権移転登記手続を,Fに対して本件地上権設定登記の抹消登記手続を,それぞれ請求した。Aのこれらの請求は認められるか。

【設問2】 2012年10月10日に,Gが抵当権の実行としての競売を申し立てた。そこで,Aは,第三者異議訴訟を提起した。Aの請求は認められるか。
 Aが,2010年9月4日に,Eに対して甲の所有権移転登記手続を求める訴えを起こし,これに勝訴して移転登記を得ていた場合はどうか。


時効取得と第三者との関係についてです。

ローでもさんざんやった気がします。

判例準則を最低限理解することが大事なんだろうと思います。

≪答案≫
第1 設問1
 1 Aの請求の根拠
  ⑴ Aは,Eに対して,所有権に基づく妨害排除請求権としての所有権移転登記請求権を,Fに対して,所有権に基づく妨害排除請求権としての地上権設定登記抹消登記請求権を,それぞれ行使する。Aは,いずれの請求においても,Aが甲土地を所有していることを主張立証する必要がある。
  ⑵ Aは,甲土地を所有していることを主張立証するために,甲土地を時効取得したことを主張する。時効取得が認められるためには,20年間,所有の意思をもって,平穏に,かつ,公然と他人の物を占有していたこと(民法162条1項),あるいは,10年間の占有を主張して,前記の要件に加えて,善意無過失であることが必要である(同条2項)。このうち,所有の意思,善意,平穏,公然については,占有していることをもって推定される(同法186条1項)。また,占有については,前後の両時点における占有を主張立証すれば足りる(同条2項)。さらに,自己の所有物であっても時効取得することができるから(※1),他人の物であることを主張立証する必要はない。したがって,時効取得を主張立証するためには,長期の場合には前後における占有のみを,短期の場合にはそれに加え無過失であることを主張立証すれば足りる。
  ⑶ これを本件についてみると,AがBの占有を併せて(同法187条1項)時効取得を主張立証する場合には,1981年8月のある時点でBが甲を占有していたこと,1987年5月6日にBが死亡したこと(同法882条,896条),AはBの相続人であること(同法887条1項),現在Aが甲を占有していることを主張立証することとなる。なお,この場合には,甲土地は農地として使用されているところ,農地の譲渡による所有権の移転には原則として農業委員会の許可を要することが法定されているため,農地の譲受人がこの許可を得ていない場合には,特段の事情がない限り,無過失とはいえないため(※2),Aは短期取得時効を主張することができない。
 一方で,Aが自己の占有のみをもって時効取得を主張する場合には,1987年5月6日以前においてBが甲を占有していたこと,1987年5月6日にBが死亡したこと,AはBの相続人であること,Aは現在甲を占有していることを主張立証することとなる。また,この場合には,Aは,Bの生前に,甲取得の経緯を聞かされていたこと,Bは甲の所有者であるかのように振る舞っていたこと,そのことに関して具体的に争いがあったとの事実は表れていないこと等から,Aにおいて,相続開始の当時,甲土地が相続財産に属すると信じていたことについて過失がなかったと認められるから,短期時効取得を主張することができる。
  ⑷ これに対して,E及びFは,Bの他主占有事情を主張立証して,Bの所有の意思についての推定を覆すことが考えられる。しかし,CからBへの農地移転の許可が得られていないとしても,BとCが兄弟であり,贈与の当時Cに健康上の問題があったこと,しばらくしてB自身も体調を崩したことを考慮すれば,特段不自然であるとまではいえない。このことは,所有権移転登記手続がされていないことについても同様である。また,固定資産税についても,Bは少なくとも乙にかかるものを納付していたと思われるところ,課税額の内訳は必ずしも明らかではなく,農地は宅地と比べて税率が相当低いことから,BもAと同様に甲にかかる固定資産税を負担していたと誤信している可能性がないとはいえない。したがって,以上の事情をもって,Bの所有の意思がなかったということはできない。
 2 Eに対する請求
 次に,Eに対する前記請求権の行使が認められるためには,Eが甲土地について占有以外の方法によって妨害していることが必要であるところ,Eは,甲土地について所有権移転登記を具備しているから,この要件は満たされる。
 また,前記のように,Aが甲土地について時効取得しているから,Eには甲土地についての正当な登記保持権原があるということはできず,Eからの抗弁は成り立たない。
 したがって,Eに対する前記請求権の行使は認められる。
 3 Fに対する請求
  ⑴ Fに対する前記請求権の行使が認められるためにも,Fが甲土地について占有以外の方法によって妨害していることが必要であるところ,Fは,甲土地について地上権設定登記を具備しているから,この要件は満たされる。
  ⑵ これに対して,Fは,Aによる甲土地の時効取得をもってしても,Fの有する地上権は消滅しないから,正当な登記保持権原があるとの主張をすることが考えられる。
 取得時効は,継続した占有の状態を基礎に権利を認めるものであるから,占有者の占有の態様から,所有権以外の権利も排除したものであると認められるときには,占有者は取得時効によって当該権利の制約がない所有権を取得することとなり,当該権利は消滅する。そして,時効は,時効期間の全部を通して継続した事実状態を保護するために法律効果を認めるもののであるから,時効取得によって所有権以外の権利の消滅が認められるためには,その権利を排除した占有が時効期間の全部を通して継続する必要がある。
 これを本件についてみると,Fの地上権については,Aは,自己の占有のみを主張する場合には占有開始の当初から,Bの占有を承継する場合には占有期間の途中から,その地上権を容認している。したがって,Aは,いずれの主張をするにしても,取得時効の効果としてFの地上権が消滅することはない。
  ⑶ よって,Fに対する前記請求権の行使は認められない。
第2 設問2
 1 Aは,Gの抵当権の実行申立てに対する第三者異議の訴え(民執法38条1項)を提起するために,「強制執行の目的物」である甲土地について「所有権……を有する第三者」であることを主張する。所有権を基礎づける事実については,第1.1⑵及び⑶と同様である。
 2 G及びHの抵当権の消滅について
 G及びHの抵当権設定登記は,前主であるEとの間で締結されたものであるが,前記のように,Aは甲土地を時効取得しているから,Gの抵当権が消滅しているかどうかについて検討すると,民法397条は,抵当不動産の時効取得の効果として当然に抵当権が消滅することを規定し,占有者が債務者又は抵当権設定者であるときにその効果を除外したものである。そして,抵当権の存在はその目的不動産の所有権の取得を妨げるものではないから,抵当権の存在についての占有開始時における占有者の悪意又は過失は,占有者が目的不動産を自己の所有に属すると無過失で信じることと両立する。したがって,占有者が所有権に関して善意無過失であるときは,抵当権の存在についての主観的態様にかかわらず,取得時効の完成が認められる。
 その上で,Aの占有態様から,G及びHの抵当権の存在を排斥していたかどうかについて検討すると,G及びHの抵当権はB又はAの占有開始後に設定されており,Aは,時効期間が満了するまでその抵当権の存在を知らなかったのであるから,G及びHの抵当権の存在を容認していたということはできない。したがって,取得時効の効果に伴って,G及びHの抵当権は消滅する。
 3 AとG及びHとの対抗関係について
 そこで,Aが,甲土地の時効取得によるG及びHの抵当権の消滅を,G及びHに対抗することができるか。ここでの対抗に際して,Aが甲土地の所有権移転登記を具備している必要があるかどうかについて検討する。
  ⑴ AがBの占有と併せて時効取得を主張する場合
   ア(ア) 時効取得は原始取得であるが,その取得によって時効完成時の所有者が権利を失うことから,時効取得者と時効完成時の所有者は承継取得における当事者と同様の関係にある。したがって,時効完成時の所有者に対しては,登記がなくても時効取得を対抗することができる。このことは,時効取得前に目的不動産について抵当権を設定した者との関係についても同様である。これに対して,時効完成後に目的不動産を取得した第三者に対しては,登記がなければ時効取得を対抗することはできない。このことは,時効完成後に目的不動産について抵当権を設定した者との関係についても同様である。
 これを本件についてみると,AがBの占有を承継して時効取得を主張する場合には,時効の完成は2001年8月頃となるところ,Gの抵当権はれよりも前に設定されているから,Aの時効の援用により消滅する。そして,Aはこの効果を,登記なくしてGに対抗することができる。一方で,Aが自己の占有のみを主張する場合には,1997年5月6日の経過により時効が完成しているから,Gは時効完成後の抵当権取得者である。そうすると,Aは,登記がなければ,Gに対して,甲土地の時効取得を対抗することができない。
    (イ) もっとも,時効制度の前記趣旨に鑑み,時効完成後の第三取得者が登記を備えた場合であっても,時効取得者がさらに占有を継続して,第三取得者の登記具備の時点を起算点として新たに取得時効の期間が満了した場合には,新たな時効取得が認められる(※3)
 そうだとしても,Aは,Hの抵当権設定登記後,5年程度しか甲土地を占有していないから,再度の取得時効は完成していない。したがって,AはHとの関係では,登記なくして,抵当権の消滅を対抗することができない。
  ⑵ Aが自己の占有のみをもって時効取得を主張する場合
 Aの短期取得時効は,1997年5月6日の経過をもって完成している。そうすると,G及びHは,ともに時効完成後の抵当権取得者であるから,Aは登記なくしてG及びHに対抗することができないのが原則である。
 もっとも,Aは,Gの抵当権設定登記の具備後も甲土地の占有を継続しており,Gの抵当権設定登記の具備の時点から10年を経過した2011年6月6日の経過により再度の取得時効が完成している。したがって,Aは,ここでの時効を援用するのであれば,G及びHは時効完成前の抵当権取得者となるから,登記なくして対抗することができる。
 この場合には,Aの第三者異議の訴えは認められる。
  ⑶ Aが,2010年9月4日に提起した,Eに対する所有権移転登記手続請求訴訟で勝訴している場合
 時効期間は,時効の基礎となる占有の開始時点を起算点として計算することを要するから,時効援用者が時効の起算点を任意に選択して,時効完成時期をずらすことはできない。そうすると,一度取得時効が完成し,その援用により目的不動産を時効取得した者は,その後に再度の取得時効期間が満了したとしても,これをもって取得時効を認めることは,時効の起算点を後にずらすものであるから,時効取得を認めることはできない(※4)
 これを本件についてみると,Aが前記訴訟で勝訴している場合には,Aが1997年5月完成にかかる時効か,2001年8月完成にかかる時効のいずれかによって,甲土地の所有権を取得している。この場合,2001年8月完成にかかる時効であれば,Gの抵当権の消滅は認められるが,Hの抵当権の消滅は認められない。それに対し,1997年5月完成にかかる時効であれば,G及びHの抵当権の消滅は認められない。そして,いずれの場合であっても,Aは,その後のさらなる時効取得の完成を主張してG及びHの抵当権の消滅を主張することはできない。

以 上


(※1)「民法162条所定の占有者には、権利なくして占有をした者のほか、所有権に基づいて占有をした者をも包含するものと解するのを相当とする……。すなわち、所有権に基づいて不動産を占有する者についても、民法162条の適用があるものと解すべきである。けだし、取得時効は、当該物件を永続して占有するという事実状態を、一定の場合に、権利関係にまで高めようとする制度であるから、所有権に基づいて不動産を永く占有する者であつても、その登記を経由していない等のために所有権取得の立証が困難であつたり、または所有権の取得を第三者に対抗することができない等の場合において、取得時効による権利取得を主張できると解することが制度本来の趣旨に合致するものというべきであり、民法162条が時効取得の対象物を他人の物としたのは、通常の場合において、自己の物について取得時効を援用することは無意味であるからにほかならないのであつて、同条は、自己の物について取得時効の援用を許さない趣旨ではないからである。」
(※2)「被上告人が本件贈与に基づきcの土地の占有を開始した昭和23年7月当時においては、農地の所有権を移転するためには、農地調整法(但し昭和24年法律第215号による改正前のもの)4条1項及び3項、同法施行令(但し同年政令第224号による改正前のもの)2条の各規定に従い、都道府県知事の許可(以下「知事の許可」という。)を受けることが必要であり、右移転を目的とする法律行為は、これにつき知事の許可がない限り、その効力を生じないとされていたのである。したがつて、農地の譲渡を受けた者は、通常の注意義務を尽すときには、譲渡を目的とする法律行為をしても、これにつき知事の許可がない限り、当該農地の所有権を取得することができないことを知りえたものというべきであるから、譲渡についてされた知事の許可に瑕疵があつて無効であるが右瑕疵のあることにつき善意であつた等の特段の事情のない限り、譲渡を目的とする法律行為をしただけで当該農地の所有権を取得したと信じたとしても、このように信ずるについては過失がないとはいえないというべきである。」最判昭和59年5月25日民集38巻7号764頁
(※3)「時効取得者と取得時効の完成後に抵当権の設定を受けてその設定登記をした者との関係が対抗問題となることは,所論のとおりである。しかし,不動産の取得時効の完成後,所有権移転登記がされることのないまま,第三者が原所有者から抵当権の設定を受けて抵当権設定登記を了した場合において,上記不動産の時効取得者である占有者が,その後引き続き時効取得に必要な期間占有を継続したときは,上記占有者が上記抵当権の存在を容認していたなど抵当権の消滅を妨げる特段の事情がない限り,上記占有者は,上記不動産を時効取得し,その結果,上記抵当権は消滅すると解するのが相当である。その理由は,以下のとおりである。」「取得時効の完成後,所有権移転登記がされないうちに,第三者が原所有者から抵当権の設定を受けて抵当権設定登記を了したならば,占有者がその後にいかに長期間占有を継続しても抵当権の負担のない所有権を取得することができないと解することは,長期間にわたる継続的な占有を占有の態様に応じて保護すべきものとする時効制度の趣旨に鑑みれば,是認し難いというべきである。」「そして,不動産の取得時効の完成後所有権移転登記を了する前に,第三者に上記不動産が譲渡され,その旨の登記がされた場合において,占有者が,上記登記後に,なお引き続き時効取得に要する期間占有を継続したときは,占有者は,上記第三者に対し,登記なくして時効取得を対抗し得るものと解されるところ……,不動産の取得時効の完成後所有権移転登記を了する前に,第三者が上記不動産につき抵当権の設定を受け,その登記がされた場合には,占有者は,自らが時効取得した不動産につき抵当権による制限を受け,これが実行されると自らの所有権の取得自体を買受人に対抗することができない地位に立たされるのであって,上記登記がされた時から占有者と抵当権者との間に上記のような権利の対立関係が生ずるものと解され,かかる事態は,上記不動産が第三者に譲渡され,その旨の登記がされた場合に比肩するということができる。また,上記判例によれば,取得時効の完成後に所有権を得た第三者は,占有者が引き続き占有を継続した場合に,所有権を失うことがあり,それと比べて,取得時効の完成後に抵当権の設定を受けた第三者が上記の場合に保護されることとなるのは,不均衡である。」最判平成24年3月16日民集66巻5号2321頁
(※4)「前記の事実関係によれば,被上告人は,前記1(5)の時効の援用により,占有開始時の昭和37年2月17日にさかのぼって本件土地を原始取得し,その旨の登記を有している。被上告人は,上記時効の援用により確定的に本件土地の所有権を取得したのであるから,このような場合に,起算点を後の時点にずらせて,再度,取得時効の完成を主張し,これを援用することはできないものというべきである。そうすると,被上告人は,上記時効の完成後に設定された本件抵当権を譲り受けた上告人に対し,本件抵当権の設定登記の抹消登記手続を請求することはできない。」



2019-04-15(Mon)

【事例から民法を考える】事例⑫「私の預金が……」

【今日の一品】

S__14983170.jpg

こちらは,またまたムタヒロですが,

本日から発売開始の新メニュー「親次郎」です。

二郎系のインスパイアですね。

ちゃんと野菜ニンニクアブラカラメのマシに対応しています。

味は本家と比べれば薄口(それでもしょっぱいですが)

麺は太めですが,若干縮れています。

全体的に府中に若干似ている気がしなくもないという感じです。

大盛野菜カラメにしましたが,量はそこまで多くなく,

普通サイズであれば一般人でも難なく食べきれることでしょう。

二郎まで行くのが億劫だというときにはもってこいです。

ところで,今回は,じれかん民法の事例⑫です。

≪問題≫

●事例
 ⑴ AはB銀行甲支店に定期預金(「本件定期預金」)を有していた。
 C銀行乙支店にはDが普通預金口座(「本件口座」)を開設していた。本件口座では,⑵および⑶の事情が生じるまで,入金はもっぱらDのために,出金はもっぱらDの手続により行われていた。Cの普通預金規定には,「この預金口座には,為替による振込金も受け入れられます」という定めが置かれていた。
 ⑵ 2013年6月24日午後11時頃,E(Aの妻,Dの母)は,Dと称する者から,麻雀による借金返済のため本件口座への送金を依頼する電話を受けた。これはDの麻雀友達FがDを装ってしたものだったが,Eは,同様の依頼をDから何度も受けていたこともあり,Dからの電話と誤信した。Eは,それまで自己資金で送金していたが,今回は資金不足のため本件定期預金を原資にすることにした。しかし,Dの放蕩な生活にAが立腹してAとDは関係断絶の状態であったため,Eは翌25日朝に通帳と届出印を無断で持ち出し,自ら作成した委任状を用いて本件定期預金の解約申入れをし,利息を含めた解約金30万円につき振込送金の手続をした。同日,本件口座にAを依頼人として30万円の入金がされた(「本件振込み」)。これにより,本件口座の残高は30万円になった。
 ⑶ 同日午後2時50分頃に,Fが,C銀行乙支店に現れ,Dと称し,本件口座の通帳と届出印を押捺した払戻請求書を提出して,30万円の払戻しを請求した。窓口担当者は,自称Dが運転免許証等の本人確認資料を所持していなかったため,キャッシュカードの暗証番号を記入させたが,自称Dは3度間違った番号を記入した。自称Dは,「しばらく口座にお金がなく,ATMを使っていないので暗証番号を忘れてしまいました。どうしてもお金がいるので,親に朝いちばんに送ってもらったんです。何とかなりませんか」と述べた。担当者は,①通帳と届出印が真正のものであること,②自称Dに生年月日を問うたところ直ちに正しく答えたこと,③本件口座の最近の出入金の状況が自称Dのいうとおりであり,依頼振込人の名字がDと同一であること,④自称Dの態度に全体として不審な点を認めなかったことから,上司と相談のうえ,本件口座の開設時に届け出られた電話番号をさらに尋ね,自称Dが正しい番号を即座に答えたため払戻しに応じることにした(「本件払戻し」)。もっとも,払戻請求書の筆跡は口座開設の申込書と異なっており,経験を積んだ者ならばそのことに気づいたと思われるにもかかわらず,担当者は業務経験が1か月程度しかなかったこともあり,相違に気づかなかった。
 Fが持参した通帳と届出印は,Fが2013年6月23日未明に酔いつぶれたDをその自宅まで送り届けた際に隙をみて盗んだものだった。Fは,Dの私生活を熟知していたことから一計を案じ,Dを装ってEに本件振込みをさせて,本件払戻しを請求していた。
 ⑷ Eは,同年6月30日にDから金を無心する電話を受け,騙されたことを知った。後にDを装ったのはFであると判明したが,Fの行方は不明である。
 Aは,本件振込にかかる30万円を取り戻したいと考えている。Aは,誰に対して30万円の支払を請求することができるか。


債権の準占有者です。

478条ですね。

債権総論で一番嫌いな条文ですね。

判例が類推適用とか色々言うせいで,

ごちゃごちゃしていますよね。

≪答案≫
第1 AのBに対する請求について
 1 AはBに対して本件定期預金を解約してその解約金として30万円の支払を請求することが考えられる。これに対して,Bは,本件振込みをもって払戻しの効力が認められるから,既払いであると反論する。そこで,Bの反論の当否について検討する。
 2 まず,Eを本人Aの代理人であるとして,本件定期預金契約の期限前解約とその解約金の振込の効力がAに帰属するとの主張をすることが考えられるが,Eがそれらにつき代理権を授与された事実はない。したがって,有権代理(民法99条)による効果帰属も,同法112条の表見代理による効果帰属も認められない。さらに,AがBにEへの代理権授与を伝えた事実も,Eに他の代理権を与えた事実もないから,同法109条の表見代理も,同法110条の表見代理も成立しない。
 したがって,代理の構成によっては,前記の効力をAに帰属させることはできない。
 3 そこで,Bは,本件振込みが,債権の準占有者に対する弁済(同法478条)であるとして,その効力がAにも帰属すると反論する。
  ⑴ 民法478条の趣旨は,弁済が債務者の義務であることから,債務者が履行遅滞責任を免れるためには,弁済の時点までに看守可能な事情のみから相手方の受領資格の有無を判断すればよいとし,弁済とその受領が日常的に大量に行われるものであることから迅速性,安全性が求められ,債務者が弁済時に看守し得なかった事情によって弁済の効力が否定されることがないようにしたものである。そして,債権者の受ける不利益は限定的であるため,債権者に不利益の負担を求めやすく,権利者の帰責事由を問わないものとしたものである。
 このような趣旨に照らし,受領者が債権者と代理人のいずれと詐称したかによって,債務者を保護すべき程度が異なるわけでもない。したがって,「債権の準占有者」とは,債権者その他受領権者らしい外観を呈する者をいう(※1)
 これを本件についてみると,EはAの通帳と届出印を無断で持ち出し,自ら作成した委任状を用いて,Bに対して本件定期預金の解約を申入れをしているから,Aの代理人であることを詐称している者である。そうすると,Eは,本件定期預金契約の解約による解約金の受領権者らしい外観を呈しているから,「債権の準占有者」である(※2)
  ⑵ア 本件振込みは本件定期預金の払戻しのためにされたものであるが,前記のように期限前解約と解約金の振込という行為に区別することも可能である。また,銀行が定める一般的な定期預金規定には,銀行はやむをえないと認めた場合にのみ期限前解約の申入れに応じるとされており,定期預金の期限前払戻しを義務的行為と捉えられないようにも思われる。そうすると,本件振込みをもって「弁済」があったとはいえないようにも思える。
 しかし,定期預金規定の定めにもかかわらず預金者が期限前解約を申し入れれば当然に認められ,満期による払戻しとは利息に違いがあるだけというのが実情であり,かつ,銀行・預金者双方の通常の認識でもある。そうすると,期限前解約の申入れを独立の法律行為として扱うことは適当ではなく,また,期限前払戻しは事実上銀行の義務となっているということができる。
 したがって,本件振込みは「弁済」にあたる(※3)
   イ なお,本件定期預金の払戻しは,振込みによってされている。振込みは,仕向銀行が被仕向銀行に対して受取人の預金口座への入金を依頼し,被仕向銀行がこれを実行するというものであるところ,入金とは,被仕向銀行が振込金相当額について受取人として指定された者の口座からの払戻請求に応じる準備を整えることをいい,その準備は入金記帳の時に整うとされるのが実情である。そうすると,本件では,遅くともFによる払戻請求の時点においてBは本件定期預金債権の弁済に当たる行為をしているということができる。
  ⑶ 善意無過失とは,本来,債務者が弁済の時に相手方に受領権があると信じ,そのように信じることにつき過失がないことをいう。本件で,Bが弁済の時にEに受領権があると信じ,そのように信じることにつき過失がないといえれば,Bにおいて善意無過失であったといえる。
 4 以上から,Bが善意無過失であれば,Bは本件振込みの効力をAに対しても主張することができるから,AはBに対して30万円の支払を請求することはできない。
第2 AのCまたはDに対する請求について
 1 Aは,DがCに対して30万円の預金債権を取得しているから,不当利得返還請求(同法703条)をする。ここで,Dは,ⓐそもそも預金債権は成立していない,ⓑCがFに対して本件払戻しをしたことによって準占有者に対する弁済としての効力を生ずるから,自己に利得はないとの反論をすることが想定される。そこで,Dのこれらの反論の当否について検討する。
 2 まず,ⓐについて検討すると,銀行の普通預金規定には,振込みがあった場合にはこれを預金口座に受け入れるという趣旨の定めがあるだけで,受取人と銀行との間の普通預金契約の成否を振込依頼人と受取人との間の振込みの原因となる法律関係の有無に係らせていることをうかがわせる定めはない。また,振り込みは,銀行間及び銀行店舗間の送金手続きを通して安全,安価,迅速に資金を移動する手段であって,多数かつ多額の資金移動を円滑に処理するため,その仲介に当たる銀行が各資金移動の原因となる法律関係の存否,内容等を関知することなくこれを遂行する仕組みが採られている。そうすると,振込依頼人から受取人の銀行の普通預金口座に振込みがあったときは,振込依頼人と受取人との間に振込みの原因となる法律行為が存在するか否かにかかわらず,受取人と銀行との間に振込額相当の普通預金契約が成立し,受取人が銀行に対して当該金額曹宇の普通預金債権を取得する(※4)
 そうすると,DはCに対して30万円の預金債権を取得することとなる。
 3⑴ 次にⓑについて検討する前提として,DがCに対する30万円の預金債権を行使することができるかどうかについて検討すると,普通預金債権を有する以上は受取人はその払戻しを請求することができ,ただそれを認めることが著しく正義に反するような特段の事情があるときは,権利の濫用(同法1条3項)に当たるものとして許されないにすぎない(※5)。本件では,前記の特段の事情は認められない。
  ⑵ そこでⓑについて検討すると,Fは預金債権者であるDを装っていたのであるから「債権の準占有者」である。
 本件払戻しにより30万円の現金が交付されているから,「弁済」にあたる。
 それでは,Cは善意無過失であったといえるか。①から④の事情からすると,Cは銀行として受領権者を確認するために構築された合理的な仕組みに沿って本人確認を行ったものということもできなくはない。しかし,払戻申込書の筆跡が口座開設の申込書と異なっており,経験を積んだ者ならばそのことに容易に気づいたと思われることからすると,Cが弁済時に看取し得た事情を見逃して弁済をしたものと言わざるを得ない。したがって,Cにおいては,弁済の時にDを称するFに受領権があると信じたことについて過失がある。
 よって,本件払戻しは,債権の準占有者に対する弁済としての効力を有さず,Cはなおも弁済の義務を負うから,Dは不当利得返還義務を免れない。
 4 以上から,AはCに対して30万円の支払を請求することができる。

以 上


(※1)「債務の弁済は,債権者または正当な受領権限を有する者に対してしなければ効力を有しないのが原則である。しかし,民法478条は,債権の準占有者に対して善意・無過失でした弁済であれば,弁済が効力を有すると規定している。これはフランス民法に倣い,『指名』債権でありながらその債権者が誰であるかが分からないという例外的な事態において債務者を保護する趣旨で設けられたものであった。そのため,立法段階で債権の準占有者として想定されていたのは,債権の表見相続人や債権譲渡が無効であった場合の債権譲受人のように,実際には債権者ではないが万人から見て債権者らしく見える者であった。これによれば,詐称代理人は,債権の受領権限を誤認した場合であり,債権の帰属主体を誤認した場合ではないので,準占有者には含まれないことになる。戦前の判例もまた,民法205条における準占有の定義との整合性に配慮しつつ,準占有者とは,自己のためにする意思をもって債権を行使する者,すなわち自ら債権者と称する者であり,詐称代理人は含まれないとしていた……。」「これに対して学説は,詐称代理人に対する弁済の効力はもっぱら表見代理の問題であり478条によるべきではないとする否定説もあったが,多くは判例を批判して肯定説を展開し,占有において代理占有が認めるられる以上準占有についても同様であるという見解や,205条は準占有者保護の規定であるのに対して478条は弁済者保護の規定であるから,自己のためにする意思は不要であるという見解が示された。これらによれば詐称代理人も478条の準占有者に含まれることになる。」「戦後になると判例は,この批判を受け入れて,詐称代理人も準占有者に含まれると解するにいたった。それが本判決[最判昭和37年8月21日民集16巻9号1809頁]である。本件は無権利者が代理権に関するしょるいを偽造した事例であるが,現在では,代理人の越権行為である場合……,夫婦間での代理行為の場合……にも詐称代理人が準占有者であることを当然の前提とする判決が出揃っており(ただし前者は預金担保貸付け,後者は生命保険の契約者貸付けに対する類推適用事例),今日ではあえてこの問題が争点になることはなくなっている。」「学説でも,戦後は肯定説が通説となり,これを受けて,準占有者とは『外観上正当な弁済受領権限があるように見える者』であるとして,本人詐称だけでなく詐称代理人を含むよう包括的に定義されるようになった。また,その根拠については,205条との関係を説くのではなく478条が権利外観保護法理の一つの現れであること,具体的にもたまたま本人と称したか代理人と称したかで弁済における債務者保護に差を設けるのは妥当ではないことをあげるのが一般的になった(とくに本件のように会社が債権者である場合には,弁済を受領するのは代理人である)。しかし,なお否定説も少数ながら唱えられており,対立は平行線をたどっている。他方では,預金担保貸付けのような弁済意外の行為への478条の類推適用を批判する観点から,義務的な履行行為の範疇で捉えられない行為については,表見代理規定の適用(詐称代理人)またはその類推適用(本人詐称)によるべきであるとして,別の角度から478条と表見代理との関係を論じる説も現れている。」中田裕康ほか『民法判例百選Ⅱ債権〔第7版〕』74頁
(※2)「債権者の代理人と称して債権を行使する者も民法478条にいわゆる債権の準占有者に該ると解すべきことは原判決説示のとおりであつて、これと見解を異にする上告理由第四点は理由がない。」前掲最判昭和37年8月21日
(※3)「第一審判決を引用する原判決の確定するところによれば、上告人は昭和33年6月4日被上告銀行との間で金額50万円期間元年利率年6分とする定期預金契約を締結したが、その際、契約当事者において、右預金を期限前に払い戻す場合には利息を日歩7厘(普通預金の利息と同率)とする商慣習による意思を有していたものと認めるべきところ、同年10月11日、被上告銀行は、原判示の経緯により、前記預金の期限前払戻を請求した上告人の代理人と称する訴外Aに対し、前記定期預金の元金50万円とこれに対する昭和33年6月4日から同年10月10日まで日歩7厘の割合による利息とを払い戻したというのである。」「右の事実によれば、原審は、本件定期預金債権の期限前払戻について、当事者間に前記合意の存した事実を認定しているものと解せられるところ、かかる合意の存しない場合は別論として、本件においては、期限前払戻の場合における弁済の具体的内容が契約成立時にすでに合意により確定されているのであるから、被上告銀行のなした前記の期限前払戻は、民法478条にいう弁済に該当し、同条の適用をうけるものと解するのが相当である。したがつて、原審が、前記期限前払戻について、本件定期預金契約の解約を前提とするかのごとき判示をしたのは、措辞必ずしも妥当ではないが、右払戻について同条の適用を肯定したのは、結論において正当である。所論は、いずれも、原審の前記認定にそわない独自の見解であつて、採用できない。」最判昭和41年10月4日民集20巻8号1565頁
(※4)振込依頼人から受取人の銀行の普通預金口座に振込みがあったときは、振込依頼人と受取人との間に振込みの原因となる法律関係が存在するか否かにかかわらず、受取人と銀行との間に振込金額相当の普通預金契約が成立し、受取人が銀行に対して右金額相当の普通預金債権を取得するものと解するのが相当である。けだし、前記普通預金規定には、振込みがあった場合にはこれを預金口座に受け入れるという趣旨の定めがあるだけで、受取人と銀行との間の普通預金契約の成否を振込依頼人と受取人との間の振込みの原因となる法律関係の有無に懸からせていることをうかがわせる定めは置かれていないし、振込みは、銀行間及び銀行店舗間の送金手続を通して安全、安価、迅速に資金を移動する手段であって、多数かつ多額の資金移動を円滑に処理するため、その仲介に当たる銀行が各資金移動の原因となる法律関係の存否、内容等を関知することなくこれを遂行する仕組みが採られているからである。」最判平成8年4月26日民集50巻5号1267頁
(※5)「振込依頼人から受取人として指定された者(以下「受取人」という。)の銀行の普通預金口座に振込みがあったときは,振込依頼人と受取人との間に振込みの原因となる法律関係が存在するか否かにかかわらず,受取人と銀行との間に振込金額相当の普通預金契約が成立し,受取人において銀行に対し上記金額相当の普通預金債権を取得するものと解するのが相当であり……,上記法律関係が存在しないために受取人が振込依頼人に対して不当利得返還義務を負う場合であっても,受取人が上記普通預金債権を有する以上,その行使が不当利得返還義務の履行手段としてのものなどに限定される理由はないというべきである。そうすると,受取人の普通預金口座への振込みを依頼した振込依頼人と受取人との間に振込みの原因となる法律関係が存在しない場合において,受取人が当該振込みに係る預金の払戻しを請求することについては,払戻しを受けることが当該振込みに係る金員を不正に取得するための行為であって,詐欺罪等の犯行の一環を成す場合であるなど,これを認めることが著しく正義に反するような特段の事情があるときは,権利の濫用に当たるとしても,受取人が振込依頼人に対して不当利得返還義務を負担しているというだけでは,権利の濫用に当たるということはできないものというべきである。」最判平成20年10月10日民集62巻9号2361頁



プロフィール

||中央特快||高尾||

Author:||中央特快||高尾||
お疲れ様です。

最新記事
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
訪問者数
カレンダー
03 | 2019/04 | 05
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 - - - -
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード